上 下
50 / 67
第一章 討伐騎士団宿舎滞在編

46 終わりよければすべてよし?

しおりを挟む

 ……コンコンコン。
 三回ノックは常識です。

「ロシアンミルクティー、飲みませんか」

 ここは第一宿舎の団長室前。
 夜更けなので自室に居るだろうけど、あえて団長室の扉を叩く。騎士の何某、とか言われそうだしね。たしかに夜に男性の部屋を訪れるのは……とか思うけど、今日は特別。
 そこら辺は団長さんもわかってるでしょ。

「お待たせしました、どうぞ」

 しばらく待っていると、扉が開いた。団長室から出てきた団長さんは、以外にもラフな格好だった。いつもはピシッと騎士団長服を着こなしているのに。
 心做しか髪もしっとり……?もしかして風呂上がりですかね!!うわー、最悪なタイミング出来てしまった!!いつもより三割増の色気!

 私が固まっているとそんな心情など知る由もない団長さんは持ってたティーセットを受け取り中に入るように促す。

 気を取り戻し、いつものように来客用のソファに座る。久しぶりのソファ……なんか、すごく緊張するのは何故だろう。
 いや、三割増の色気のせいだよ、絶対。

「えーと、今日のは新作なんですよ」

 何から話していいか分からず、とりあえず置いてくれたティーセットを指指して言うと、興味深そうに視線をやる団長さん。

「見たことないものが沢山ありますね」
「団長さんが遠征に行ってる間に、色々作ったんです。これはジャムと言う食べ物で、パンに塗って食べたりクッキーやスコーンと共に食べたりするんですが……」

 私の説明に頷きつつ、静かに聞いてくれる。
 先程のことがあるので、ぎこちなくなってないかな……なんて思いながら。

 ロシアンミルクティーはジャム入りのミルクティーなんだけど、本場は紅茶を飲みながらジャムを舐める……というのが本式だと教わっていたので今日はそれに則ってジャムは別添えだ。パンもラスクみたいに薄くスライスして焼いてきたからそれに乗せて食べつつミルクティーを飲んでもいい。

「ビックベリーとマーマレードの二種類のジャムを持ってきたので、好きなものを好きなようにお食べ下さい」
「ありがとう、では……私はマーマレードを頂こう」

 ラスクにマーマレードを乗せて食べるスタイルでいくらしい。カリッと音をさせて咀嚼すると、甘さに眉を寄せるものもそれは一瞬で。ミルクティーで流し込むと笑顔になる。

「すごく甘いけれど、これは少し苦味もあって私好みです。ミルクティー……ですか?それとも、相性がいいですね」 
「本当ですか?……良かった、そのジャムは母の味なので気に入ってくれて嬉しいです」
「これが……そうなのですか」

 マーマレードをじっと見つめ何やら考え込む仕草を見せる。わたしは自分の分のビックベリージャムをミルクティーに入れてかき混ぜて飲んだ。

 ほっとする味だ。
 今日は色々あったから、普通の紅茶よりミルクティーが良かった。
 お腹からじんわりとあったまる感覚に緊張していた身体が緩む。

 程々に飲んで、食べて……多分今が最高のタイミングだ。 
 カップを一度ソーサーへと戻してから団長さんを見ると、気付いた団長さんも私を見返した。

「……今日は、ありがとうございました」
「さて?何のことでしょうか」

 わざとらしくとぼける団長さん。

「ライオネルのこと、処罰なしにしてくれたこと、感謝してます」 

 あの後、報告と称して伝えた内容は『私は討伐へは同行したが、森の中に入らなかった』として伝えられた。
 討伐に見学しに行ったけど、馬車の中で待っていた。なので私が迷子になったり、怪我をしたということや、野外実習などもしなかったことになっているのだ。
 最初から何も無かった、という風に偽装したという事だ。

 本来なら虚偽の報告など有るまじきことだけれど、そうしろ、と遠回しに団長さんが態度で示してくれたので今回のことは当然お咎めなし、今まで通りで良くなったのだった。

 私がお礼を言うと、微妙な反応を示す団長さんが目の前にいた。

「……怪我は、大丈夫なのですか?」
「はい。ただの捻挫だったのと応急処置が良かったみたいで。走るのは当分無理ですが歩く程度なら全然」
「そうですか……」

 どこか苦虫を噛み潰したような、なんとも言えない表情を浮かべる団長さんは、立ち上がると私の隣に移動してきた。

「え、と……団長さん?」
「私は、貴女を縛ってますか?」
「へ!?」

 膝と膝がぶつかる位の、近い距離。
 薄暗い室内で、団長さんの緑の目が煌めく。

「私は貴女を手元にずっと置きたくて避けてきた事に図星を指され……不甲斐ない自分に腹が立ちました」

 森での出来事を言っているんだろう、ライオネルに指摘されたことをそれほどにまで気にしてる等思いもしなかった。

「いえ、それは私の無知が悪いだけであって……自分から行動せずに好意に甘んじた私が悪いのであって……決して団長さんが悪いって訳では……っ」
「団長さん、ですか?」

 何故でしょう?今日の団長さんからはいつものような冗談やからかい等が全く感じられませんが、いかがでしょうか?
 一旦距離を取ろうと離れると、詰め寄る団長さんにひっ、と息を飲む。

「貴女が、ライオネルと呼ぶ度に……私は腹の奥底が煮える様な感覚に陥ります。貴女を縛りたくないと思うのに上手くいかない」

 あー……団長さんの髪がきらきら光って綺麗だな、しっとり濡れててそれがまた……とか馬鹿なこと思えるくらいの距離にいるってどうなのだろうか。アウトオブアウトなのでは!?

「あ、の……近いです」
「嫌ですか?」
「嫌、と言うか……緊張するので、話し合いするならもう少し距離をください、距離を!」
「ルーには許したのに?」

 そこでルーが出る意味が分からない。
 団長さんはこれ以上距離を詰めるつもりは無いのか、私をじっと見詰めるだけに留めてくれている。
 だけど、ソファに置いている手と手、指先が触れるギリギリを保っているのが……なんというか……私的には気になるところだった。

「私は、今、隊服を着ておりません」
「はあ……」

 言いたいことは分かる。
 分かるだけあって小っ恥ずかしい!

 この雰囲気で私がそれを許してしまったら。何かが起こりそうで怖い!
 私が答えを濁しているのを察した団長さんは、耐えきれず俯く私を覗き込む。

「……ケイ様」
「ぎゃ!!」

 起こりそうなのを起こしたくない私vs起こらないなら無理矢理起こす団長さんの戦いで、私は負けたのだろうか。……負けたな、うん。

「わかりました!わかりましたから!団長さんも、私のことは好きに呼び捨ててくださいー!!」
「それだけ?」
「……それだけっ!」

 どことなく寂しそうな顔を見せる団長さんだけど、そこは譲れないので我慢して……って何を我慢する必要があるんだ。
 久しぶりのイケメンビーム過ぎてちょっとパニックになってるのかもしれない。

「……なるべく、貴女を縛らないようにします。どこでも自由に、と私が言っておきながらそれが出来ていない……猛省します」

 行動と言葉があってない気がしますけども。 
 これ以上は話しは終わり、と離れていく団長さんに、少し待ての合図で服を引っ張って止める。不思議そうにしつつも、座り直してくれた。

「私は……好きでここに居るので。みんなが居るこの討伐騎士団が好きです、まだ離れたくないです。だから、この世界の事もっと知りたい。それだけは宣言させてください」

 流石に顔を見ながら言うのは恥ずかしかったので、服を握ったまま、早口で言った。

「……嬉しいです」

 団長さんの、柔らかな声が間近で聞こえる。
 ……あれ?考えてみたら、私から団長さんに触れるのって初めてなのでは?

 はっ、として顔を上げると団長さんもそれに気付いたようで蕩けるような笑顔がそこにありました。

「いつか、私のことも呼び捨てにしてくださいね?」
「……ははは……努力しまーす……」

 一生無理。
 私は心の中で呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

流石に異世界でもこのチートはやばくない?

裏おきな
ファンタジー
片桐蓮《かたぎりれん》40歳独身駄目サラリーマンが趣味のリサイクルとレストアの資材集めに解体業者の資材置き場に行ったらまさかの異世界転移してしまった!そこに現れたのが守護神獣になっていた昔飼っていた犬のラクス。 異世界転移で手に入れた無限鍛冶 のチート能力で異世界を生きて行く事になった! この作品は約1年半前に初めて「なろう」で書いた物を加筆修正して上げていきます。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

秘密の聖女(?)異世界でパティスリーを始めます!

中野莉央
ファンタジー
将来の夢はケーキ屋さん。そんな、どこにでもいるような学生は交通事故で死んだ後、異世界の子爵令嬢セリナとして生まれ変わっていた。学園卒業時に婚約者だった侯爵家の子息から婚約破棄を言い渡され、伯爵令嬢フローラに婚約者を奪われる形となったセリナはその後、諸事情で双子の猫耳メイドとパティスリー経営をはじめる事になり、不動産屋、魔道具屋、熊獣人、銀狼獣人の冒険者などと関わっていく。 ※パティスリーの開店準備が始まるのが71話から。パティスリー開店が122話からになります。また、後宮、寵姫、国王などの要素も出てきます。(以前、書いた『婚約破棄された悪役令嬢は決意する「そうだ、パティシエになろう……!」』というチート系短編小説がきっかけで書きはじめた小説なので若干、かぶってる部分もありますが基本的に設定や展開は違う物になっています)※「小説家になろう」でも投稿しています。

処理中です...