上 下
20 / 27

20

しおりを挟む
 南の王子の所へは馬車で片道3日かかる長旅であった。

「お尻が痛くなるわね」

 そう、苦笑するアリアだ。
 馬車に乗ることすら普段無いのに、それを3日となると、アリアには苦難である。
 サファイアはよく視察等で長旅に慣れているのか余裕そうで羨ましい。

「途中、休憩を挟みましょう」

 フフっと笑うサファイアは楽しそうだ。
 
「おやつにクッキーを作ったわ。食べる?」
「うん、食べる」

 馬車の中は二人っきりなので、敬語が抜けても大丈夫だろう。
 やっぱり他人行儀な敬語より、普通に話す方が良い。


 最初は天気も良く、良い旅になりそうであったが、宿に着いた後から急に雲行きが怪しくなった。
 宿に着いてからで良かったが、雷鳴轟く嵐に見舞われてしまった。
 外は大荒れだ。

 コンコン

 部屋のドアがノックされ、開けてみるとサファイアであった。

「どうしたの?」
「凄い雷だったので……」
「怖かった?」
「アリアが怖がっているかと思ったんです」

 そう言うサファイアの顔は真っ青に見える。
 宿屋も立派な作りで有るし、避雷針もついていると思うが、城と比べてしまうとちゃちに見える。
 不安そうだ。

「そうね。ちょっと心細かったの。雷がおさまるまで一緒に居ましょう」

 アリアはそう言ってサファイアを部屋に招き入れるのだった。



「紅茶でも飲む?」

 部屋にはポットと、茶葉が予め用意されており、好きに飲んで良い仕様になっていた。
 サファイアはコクコク頷いたので、紅茶を用意する。

 その間にも雷が光ってはゴロゴロ言っており、サファイアはその度にビクッビクッとしていた。
 雨も強く、ガラスがガタガタと揺れ音を立てた。

「割れないだろうか」

 窓ガラスが割れないか、サファイアは心配していた。

「さぁ、大丈夫だと思うけど、雨漏りはするかもね」

 風も強いし。

「アマモリとは? コウモリの仲間か何か?」
「屋根が傷んで、雨が漏れるの」

 さすがお城は雨漏りなんてしないのか、サファイアは雨漏りを知らなそうであった。
 
「なんと! 恐ろしい。部屋が水浸しになってしまうのか?」
「そうね、範囲によるけど、水浸しになる事も有るわね」
「対策はどうしたら良いのだ!?」
「修理するまで桶でも置いておくしかないわ」
「桶で防げるものなのか?」
「防げない時も有るわね。風で大穴でも空いたらもう諦めるしかないわね」
「アマモリとは恐ろしいな」

 ほぉ~と、アリアの話を聞き入るサファイア。
 雨漏りの話をしている間は雷の音が気にならなかった様だ。
 会話をしていると平気そうね。
 もっと何か楽しい話の方が良いだろうけど。
 何か話題は無いかしら。
 アリアが考えていると、バン! ど、窓から大きな音が聞こえ、サファイアが『ヒェッ』と、小さい悲鳴を上げた。
 アリアの腕にしがみつき、ハッとして直ぐに離れた。

「す、すまん。何だろう? 風か? 雨漏りか?」
「窓に何か当たりましたね。風で何か飛んで来たのかしら」

 ビクビクしているサファイアを他所に窓に近づいてみるアリア。

「危ないかもしれない。窓に近づくのは止めた方が良いだろう」

 へっぴり腰だが腕を引いてアリアを止ようとするサファイア。
 剣や体術の稽古の時は凄く頼もしく、カッコよく見えたのだが、今はとっても頼りなく見えてしまう。
 それもまぁ、可愛くて良いけど。

「大丈夫よ。割れそうには見えないから」

 窓は頑丈そうだ。

 バン! バン!

 また窓が鳴る。
 外に影が見えた。

「何だ? お化けかな?」
「お化けなんて居ませんよ。動物ですかね? 熊とか?」
「熊の方が怖い!」

 窓の側に何か動物が居る様だ。
 暗くて良く見えない。
 アリアは灯りを手に取って、窓の外を見ようと近づく。

「この辺は稀に狼も出るんだよ」
「雨宿りを求めて来たんですかね?」
「自分の巣穴でしてもらいたいものだ」
「狼って巣穴を作るんですか?」
「多分、良くは知らんが……」
「へぇー」

 窓の外の様子を伺うアリアに、サファイアも後ろから様子を伺う。
 怖いは怖いが、気になりはする。

 バン! バン! バン!

 また動物が窓を叩く。
 頭突している様子だ。
 立派な角と耳が見えた。
 牛? 鹿?
 兎に角、熊や狼の様な肉食獣には見えない。
 アリアは思い切って、施錠を外し、窓を開けて見る。
 凄い風と雨で、カーテンが舞い上がった。

「アリア!?」

 突然、窓を開けたアリアの暴挙に驚くサファイア。
 雨でびしょ濡れになる。
 雨漏りでも無いのにびしょ濡れだ。
 
「ヤギだわ! しかも、この子、私のヤギ。ねぇ、私のヤギでしょ?」
「メェ~」

 ヤギの鳴き声がサファイアにも聞こえた。

「君のヤギなのかい?」
「ええ、間違いないわ。あ! でも、もう私のヤギじゃなくなったのね。逃げて来ちゃったの?」 

 アリアはどうしようと、言う表情でヤギを見る。

「この子、どこからか逃げて来たのかしら」
「君の元に帰る途中だったのかも知れないな。ラッキーなヤギだ」
「こんなずぶ濡れになってるのに?」
「ずぶ濡れなら僕たちもそうだ」
「それも、そうね…… ごめんなさい」

 後先考えずに部屋の扉を開けてしまったせいで、サファイアも部屋の中も大変な事になってしまっている。
 サファイアは風呂に入れるとして、部屋はどうしたら良いのか。

「部屋は僕が後で宿主に謝っておくよ。ヤギは取り敢えず、馬小屋に入れて貰おう」
「そうね。有り難う」
「僕は宿主に話をしてくるよ」
「私はヤギを馬小屋に連れて行くわ」
「それは宿の人にしてもらおうよ」
「駄目よ。この子気性が荒くて私にしか扱え無いの」

 確かにサファイアが頭を撫でてやろうと手を出そうとしたら、噛まれそうになった。
 
 アリアは雨具を着ると、早速外に出ていってしまう。
 サファイアも宿主に話をつけに向かった。
 部屋も変えてもわなければならないだろう。
 酷い有様にしてしまった。
 取り敢えず、気付けばもう雷の音がしなくなっている。
 それだけは安心なサファイアだった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】生贄として育てられた少女は、魔術師団長に溺愛される

未知香
恋愛
【完結まで毎日1話~数話投稿します・最初はおおめ】 ミシェラは生贄として育てられている。 彼女が生まれた時から白い髪をしているという理由だけで。 生贄であるミシェラは、同じ人間として扱われず虐げ続けられてきた。 繰り返される苦痛の生活の中でミシェラは、次第に生贄になる時を心待ちにするようになった。 そんな時ミシェラが出会ったのは、村では竜神様と呼ばれるドラゴンの調査に来た魔術師団長だった。 生贄として育てられたミシェラが、魔術師団長に愛され、自分の生い立ちと決別するお話。 ハッピーエンドです! ※※※ 他サイト様にものせてます

処理中です...