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 舞踏会に王子の姿は無かった。
 
「また王子は行方不明なのか」

 王と家臣たちは諦め顔だ。

 王子のサファイアは年頃になっても女性に興味を持たず、なかなか妃を娶らない。
 一人息子のサファイアには何としてでも妃を娶り、跡を継いで欲しい王は、隣国の王女から辺境の伯爵令嬢まで、選り好みせずに女性を集めては定期的に舞踏会を開いていた。
 お陰で他の公爵、侯爵家の嫡男達には無事に良い嫁が選ばれ、好評である。
 しかし、肝心の息子と来たら、全く!

「仕方ない、私がもう一人作る他ないか」

 サファイアを産んで直ぐに妃に先立たれ、意気消沈してしまった私も悪かった。
 王として、ちゃんと世継ぎをもう一人や二人は作っておくのだった。
 そう後悔する王だ。
 サファイアは妃に似て美丈夫であるし、息子ながらなかなか立派な青年である。
 政治にも関心を持ってくれ、国策も上手く考えてくれるし、安心なのだが……
 やはり妃を娶ってくれないのは問題過ぎる。
 いっそ、政略結婚させてしまおうかとも思うが、自分は妃とは恋愛結婚であるし、政略結婚なんてさせられたら反発しただろうも思い、王は踏み切れずにいた。
 我が王国は古来より恋愛結婚を重んじている。
 婚姻を無理強い出来ない。
 もういっそ身分もない村娘でも良いのだ。
 良い子を見つけでくれないだろうか。
 それとも我が子は本当に女性に興味が無いのだろうか。
 父は心配です。

 悩みつつも、王は適当に女性とダンスを踊ってみる。
 ああ、やっぱり妃が一番だ。
 私の心をトキメカせてくれる女性は居ない。
 と、なると、王子にも居ないのかもしれない。
 じゃあ舞踏会を開いても意味がないじゃないか。
 皆楽しそうだから良いか。
 王は溜息をつくのだった。

 
 宴もたけなわになった頃、王子が会場に姿を見せた。
 一応、顔は出してくれた様だが、挨拶する女性を興味なさそうに袖にしている。
 なんだか今日は一段と不機嫌そうだった。

「我が息子よ、やたら不機嫌そうではないか。不機嫌なのは私の方だよ。全く、何処に行っていたんだい?」

 従者まで巻いて逃げてしまうのは、流石に止めて欲しいのだが。

「父上、私は愛する人と喫茶店をしなければならないので、王子を辞めたいと思います」
「なんだって!?」

 突然何を言い出すんだ。 
 なに?
 愛する人?
 良かった。女性に興味は有ったんだね。
 いや、良くない!!
 
「王子は辞められるものでは無いのだよ」
「彼女が、妃には成りたくないと言うのです。ならば私は王には成れません」
「サファイアが王な成ってくれないと困るんだが、世継がお前しか居ないんだよ」
「父上がもっと沢山産んでくだされば良かったんです。これからでも作れますよ。頑張って下さい」
「まぁ、そう言うな。何か手が有るかも知れん。娘に合わせなさい」
「無理です。王に合わせたら私が王子であると彼女にバレます」
「変装するから」

 周りに聞こえない様に小声で言い合う、王と王子。
 本当に小声て話しているので、周りには聞こえず、王と王子は本当にに仲が良くて微笑ましいと思われている。

「森の側の侯爵家の令嬢ですよ」
「それならそこで公爵とダンスを踊っているぞ。ふむ、なかなかの美女だ。母上もまだお若いな」
「あれじゃないです。社交場には顔を出さない妹さんが居るんですよ」
「フム」

 知らなかった。
 いや、そういえば昔、侯爵の前の夫人が抱きかかえていた様な。
 夫人に似たストロベリーブロンドの髪をした赤子。
 瞳は侯爵に似て、綺麗な青色をしていた様な記憶があった。
 
「でも、王子の妃になるのは嫌だと言うのです。ああ、私はなんて悲しい産まれなのだ。初めて愛した女性に王子だからとフラれる運命だなんてあんまりだぁ。知らないとは言え、愛する人に別の女性をススメられたんですよ。もう立ち直れません」

 頭を抱えて走り去ってしまう王子。
 
「あぁ、王子、そんな事を言わないでくれ~ 王子~」

 自分の産まれを悲観されてしまうなんて、父として悲しい。
 王子は会場を出て行ってしまった。
 泣きながら出ていった王子に会場はザワザワしてしまう。 

「いやぁ申し訳ない。王子をキツく叱ってしまいました。皆様、お気になさらず楽しんで下さい」

 アハハと、笑って誤魔化す王だ。
 側近が追いかけたので、今はソッとしておこう。 
 身分を隠して彼女に会っているのか。
 我が子ながら健気である。
 確かに、私も妃に身分を隠して逢瀬をしていたら『私、王様と結婚なんてしたくないわ。別の女性と結婚して欲しいわね』なんて言われたら立ち直れなかっただろう。
 きっと三日三晩は泣き暮らしていた。
 息子の気持ちを考えるといたたまれないが、王子は王子である。
 最悪、彼女は諦めてもらうしか無いだろう。
 



 自室に帰ってきたサファイアは、着替えもせずにベッドにダイブした。
 布団を抱きしめてグズグズしてしまう。

 サファイアがアリアと出会ったのは、偶然だった。
 あの日も父に舞踏会での振る舞いや、なんやら文句を言われ、イライラしたのと、王子としての仕事やら兎に角色々と嫌になったサファイアは、衝動的に馬に跨った。
 髪をボサボサにし、庶民的な服を纏って、城から逃げ出したのだ。
 王となるべくして産まれてしまった事にも重圧を感じていた。
 何故父上は自分一人しか子供を作ってくれなかったのか。
 自分にあれこれ言う前に、父上が再婚して、作ればいいじゃないか!
 そんな気分で城を飛び出してしまった。
 自分の気持ちが不安定だったせいか、馬も不安に思ったのだろう。
 普段、そんな事のない優秀な馬だと言うのに、あの日はちょっと大きな音がしただけで驚いてしまった様だ。
 多分、近くで鷹狩でもしていたのだろう、その銃声の音だったと思う。
 急に暴れだした馬に、咄嗟に気が動転して、何も出来ず、悲鳴を上げてしまった。
 馬も余計にビックリしただろう。
 がむしゃらに走り出してしまった。
 彼女が並走し、声を掛けてくれるまで、サファイアは頭が真っ白であった。
 しかし、山羊で暴れ馬に追いつくとは、本当に只者じゃない。
 思い出すだけで笑ってしまうサファイアだ。


「王子は気が触れているのか?」
「主治医を呼ぼう」

 部屋に飛び込んで、着替えもせずにメソメソしていたサファイアに追いかけて入った従者は取り敢えず着替えだけでもと、正装を脱がしてパジャマに着替えさせていた。
 そこに、いきなりクスクス笑いだしたのだ。
 もはや恐怖でしかない。
 青ざめる従者を他所に、サファイアはアリアを思い出してクスクスしたりメソメソしたりを繰り返すのだった。

 いつの間か呼ばれて来た主治医にも気づかない様子で、そのうち寝落ちた。
 呼ばれた主治医も困ってしまう。
 恋の病に付ける薬なんてない。 
 
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