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32話

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 城を出て足を走らせる春岳は心臓をドキドキさせていた。

 やっぱり、伊吹は覚えていて怒っているのか?

 伊吹が何も言わないので、此方も顔には出さない様に努めていた春岳。
 本当は、ずっと内心ハラハラとしていた。
 伊吹は夢心地という様子だったので、昨夜の事を夢だと思っているかも知れないと考えたのだ。
 だが、ちゃんと現実のものと思っているかも知れない。

 何方なのだろう。

 夢だと思っているなら、そう思わせておいた方が良いような。
 不誠実である様だが、言えば主より先に気をやった上に主を放って先に寝た等、飛んでもない失態である。
 伊吹なら切腹すると言い出しかねない。
 なので、顔を見て直ぐに土下座しなかったあたりで覚えていないのだとは思ったのだ。

 だが、記憶はどうなのだろう?

 夢としても覚えていないのだろうか。
 断片的にぐらいは覚えているのだろうか。
 自分を見て少しぐらいは意識しただろうか。

 それにしては顔色一つ変えてくれなかった。

 何も覚えては居ないのか?

 だが、何となく、いつもより冷たい態度なのが気になった。

 やはり、全てを現実のものとして覚えていて、尚且、酔に任せて色小姓でもない乳兄弟の殆ど寝込みを襲った上に敏感な部分に媚薬まで塗って責めたてた事に幻滅し、怒っているのか?

 自分の仕える殿は飛んでもない変態だ。嫌だなぁ。
 みたいな蔑んだ目だっただろうか。
 怖くて今日は伊吹の目が見れず、外していたから解らないが、呆れられてしまっただろうか。

 俺、伊吹に嫌われたら立ち直れない。 

 もう里に帰らせてもらいたい。


 春岳は、もう何だか泣きそうになりつつ、村への近道を駆け下りるのだった。


 何となく頭の片隅に残っていた隠し通路。

 これを思い出したのは、昨日、帰って来てからだった。
 城から村へ逃げる為の隠し通路だと思う。
 幼少の頃、父親に最後の挨拶をした後、ここを通って寺に連れて行かれた事を思い出したのだ。


 村へと出た春岳は、井戸の水を確かめる。

 今日も問題ない水質だ。
 春岳はホッと胸を撫で下ろし、直ぐに来た道を戻るのだった。




 千代と手分けをし、城内の掃除をする伊吹。
 廊下の雑巾がけをしていた。

 殿相手に少し態度が悪かったなと、反省する。
 
 変な夢のせいで、変に意識してしまったのだ。
 殿の声を聞くと、何だか乳首がジンジンしてしまって。

 照れ隠しをしてしまった。
 
 殿も悪いのだ、変な気持ちなるから側を離て欲しくて寝てくれと言ったのに、寝てくださらないから……

 殿に乳首を弄り倒して欲しいだなんて。
 自分は、どうかしてしまったのだろうか。
 殿に乳首のジンジンを治める薬を作って欲しい。 

 伊吹はハァーと溜息を吐くと、雑巾がけに集中するのだった。

 

「帰ったぞ!」

 本当に春岳は半刻で戻って来てしまい、伊吹は結局、全然雑巾がけに集中する事は出来なかった。
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