上 下
6 / 31

4

しおりを挟む
「着替えてくる」

 しばらく夏樹の胸で泣かせてもらい、落ち着きを取り戻した未智は取り合えず着替える事にする。

「ちょっと向こうに行ってて下さい」

 未智の部屋は座布団を置いた畳の部屋とこっちの台所や風呂やトイレの有る部屋だけである。
 夏樹は未智を離すと向こうに行って、襖を閉めた。
 未智も落ち着いて着替えると、深呼吸をし、顔を洗う。
 テーブルに置かれた朝食とお弁当。
 夏樹と朝食を食べるのも、お弁当を食べるのも未智は楽しみにしていた。
 浮かれてお気に入りのワンピースなんて着て、我ながら珍しくルンルン気分だったのだ。
 一気に天国から地獄に突き落とされた。
 夏樹の言う事はいつも正しい。 
 島くんに『鬱陶しいし、嫌いだ。付き纏うのはやめてくれ』そう早く伝えれば良かった。
 今更後悔しても遅い。
 いつも夏樹は言ってくれていたのに。

『嫌な事は嫌だと言うべきだし、好きな事は好きだと言えば良い』

 夏樹の言う通りだった。
 でも、未智は自分の気持を素直に言うのは苦手である。
 何か相手にも理由が有るはずだと、私はまだ我慢出来るからと思ってしまう。
 寧ろ相手は私より辛い思いを持っているのかもしれない。
 私より頑張ってるのかもしれない。
 そう思うと、我慢してしまう。
 夏樹はそんな未智に気づいて、いつも寄り添っていた。
 でも、島とは違うと未智も解っているのだ。
 夏樹は誰にで優しく寄り添う。
 自分が特別とかでは無いのだ。
 夏樹は私だけの王子様ではなく、困ってる人を見捨てられない、みんなの王子様なのだ。
 
 あぁ、せっかく顔を洗ったのに。

 また涙が溢れてきた。


 コンコン。

「未智、着替え終わったか?」

 ドアを軽くノックして、声をかけてくれる夏樹。
 私が遅いから気にかけててくれているのだろう。

「うん。有難う」

 私はよく着るYシャツとズボンに着替えた。
 髪も縛って。
 
「朝ごはんとお弁当、作ってくれたんだな。食べても良い?」
「え…冷えて美味しくないよ。温め直そうか。と、いうか、作り直す」
「いい、俺はこれが食べたいから。すごく美味しそうだ」
「そんな事無いのに……」
「箸はこれ? 使ってもいい?」
「うん」

 箸立ての箸を取る夏樹。

「うん、美味しい」
「有難う」

 冷えた食事も美味しいと食べてくれる。 
 私も箸を取って食べる事にした。
 やっぱり冷めて美味しくない筈なのに、不思議と美味しく感じる。 
 夏樹が美味しいって言ってくれたからかな。
 何故がまた涙が溢れてしまう。

「未智……」
「ごめん、なんか涙腺がぶっ壊れて」
「怖かったよな」
「うん。でも夏樹が助けてくれたから。有難う」
「泣きたいだけ泣け」
「もう泣きたいだけ泣いた」
「まだ涙が出るって事は足りないんだ」
「解った。泣いとく」

 フフっと笑ってみたけど、涙は止まらないし、夏樹はカッコいし、朝ごはんな美味しかった。 



「ご馳走さま」
「本当にお粗末様でした」
「本当にご馳走だったよ」
「冷え切った飯が?」
「未智の愛情を感じられた」
「嘘くさい」
「お弁当持って出かけようぜ!」
「部屋を片付けたり色々やらないと……」

 やっぱり警察に行ったほうが良いと思うし……

「この部屋は引き払って」
「急にそんな事を言われても無理だよ」

 未智だってこんな事が有った部屋に居たくない。
 警察だって来たし、近所にあれやこれや噂されてしまうだろう。
 奇異の目で見られる事には慣れているけど……

「俺のとこ、来ない?」
「そんな悪いです。そもそも夏樹って今、何処で何してるんですか?」

 夏樹は捨て猫とか犬とか拾っちゃうタイプだ。
 そんな事より今更だが、夏樹は今、何しているのか気になる未智。
 地元の地主である大富豪の家を継いだのだろうか。
 でも、夏樹は次男だったはず。
 今どき、長男とか次男とか関係ないかも知れないが。

「東京で会社を立ち上げたんだ」
「えっ!? すごいですね」

 都会で会社を立ち上げていたなんて。
 なんで今まで教えてくれなかったのだろう。
 素直に成功をお祝いしたい気持ちと、教えてくれなかった寂しさで、ちょっと複雑な気持ちになる未智だ。
 私は夏樹を姉弟程の距離感だと思っているが、夏樹からしたら本当にただの幼馴染なのだろう。

「ちゃんと未智の部屋は社員寮に用意するし、未智には俺の秘書をして欲しいと思って、今日はその話をしたかったんだ」
「広い意味での来いでした」

 思わずフフっと笑ってしまう未智だ。
 夏樹は地元でも有名な地主の家のボンボンだ。
 幼稚園の時なんてもう、王様気取りでやりたい放題だったのだ。
 俺様は偉いんだ! 言うこと聞けーー!
 みたいな感じだった。
 そんな薫が会社を立ち上げて社長になったんだ。
 素直に尊敬する。
 直ぐに教えてくれなかったのは寂しいけど……

「取り合えず、俺の会社がどんな所か見てもらおうと思って」
「今から東京に? だから朝早かったんですね」
「未智の気持ちを最大限に譲歩しいと思ったんだが、こんな事になってしまって、未智だってこの部屋には居づらいだろ? 社員寮なら安心出来るし、俺の会社が嫌でも社員寮には居て良いからさ」
「じゃあ、着いてく」
「着いてきてくれるのか!」
「はい」

 せっかく誘ってくれてるし、正直この部屋には居づらいし、お弁当と財布や携帯だけ持って着いていく事にした。
 東京なんて修学旅行以来だななんて、呑気に考えられる程には、未智は元気を取り戻していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

ネトゲ女子は社長の求愛を拒む

椿蛍
恋愛
大企業宮ノ入グループで働く木村有里26歳。 ネトゲが趣味(仕事)の平凡な女子社員だったのだが、沖重グループ社長の社長秘書に抜擢され、沖重グループに出向になってしまう。 女子社員憧れの八木沢社長と一緒に働くことになった。 だが、社長を狙っていた女子社員達から嫌がらせを受けることになる。 社長は有里をネトゲから引き離すことができるのか―――? ※途中で社長視点に切り替わりあります。 ※キャラ、ネトゲやゲームネタが微妙な方はスルーしてください。 ★宮ノ入シリーズ第2弾 ★2021.2.25 本編、番外編を改稿しました。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―

入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。 伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?

社長はお隣の幼馴染を溺愛している

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...