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最終章 半端でも仙人

第153話 衝突! 不死の軍隊

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 角笛が終わる頃には、カビの臭いが充満し、森の中から聞こえる規則正しい地響きが近づいてきた。
 本来なら新緑の良い匂いが漂《ただよ》う気持ちのいい時期のはずが、カビ臭いとは嫌だな。

「「「「全体! 戦闘準備!」」」」

 大音量で司令の声が鳴り響き、時間差で遠くからも同じ声が届いてくる。

「私たちが居た時代の拡声器を魔法でマネしたんだ。なかなか出来が良いでしょ?」

 いつの間にか近くに寄って話し、すぐさま本拠地へ戻っていくドラちゃん。

「どっちなんでしょうか?」
「何が?」
「忙しいのか暇なのか……」
「暇ではないと思うけどねぇ。忙しいと言うほどなのか……」

 ドラちゃんクラスなら造作もないことだろうけど、まだ余裕があるっていう程度なのかな?
 あっちは任せてこっちはこっちで気を引き締めないとね。

「王弟様の所へ行くよ」

 海野さんと明石さんも呼び寄せて、こちらの拠点へ行く。




 ブルンザ軍と比べると、かなり少数の部隊になってしまうが、それでも1000人を超える。マイナールの兵士が200人で、残り800人が傭兵団という構成だ。魔鴨団にここまで人数が居たと思わなかったので、行軍中に知って驚いた。これだけ人数がいれば畑も欲しいよな。

「実殿! こちらへ」

 王弟様に手招きされて、現状の確認を行う。

「遠見で確認したところ、敵軍は海沿いを通ってきて、地図で言うとこの辺りですね」

 そう言って置いてある地図を指すと、王弟様の偵察兵も同じ状況を確認していた。さらに、海の水面に不自然な揺れも見つけている。

「ゾンビ共は海水が苦手だとわかっている。予想していた通りだが、海中を通って来る者は、洗脳されているかもしれんな」
「ひとまず洗脳解除を試すとして、無理な場合はどうしますか?」
「楽にしてやるしかないだろうな……」

 殺すということか。心情としては助けてやりたいが、こちらが死んでしまっては元も子もない。

「それで実殿たちにも確認しておきたいが、洗脳された被召喚者はいかが致そうか?」
「洗脳された兵たちと同じ扱いで良いでしょう」

 間髪を入れない俺の返答に全員が驚く。

「実さん! 生徒たちを助けたいです!」
「私も……。出来ることなら助けたい」

 海野さんも明石さんも、助けたいという気持ちはわかる。

「俺も助けてあげたい。だから、2人が解除してあげれば良い。他の人が殺す前に」
「そ、そうですね。私たちが助ければ……」
「私が生徒たちを……出来るのかしら?」

 気合いを入れ直す明石さんとは違い、海野さんも少しは冷静になったかな?

「あまり意地悪するでない」
「ノーリ!」
「儂らがお嬢ちゃんらの手助けしてやろう。だが、どうしてもダメならこちらを優先するぞ?」

 ノーリの優しい言葉に2人は胸を撫で下ろす。俺は解除出来るとわかってから言った方が良いと思うんだけどなぁ。

「新兵にはやる気が大事じゃ。萎えさせてどうするつもりじゃ?」
「そう言えば新兵だったか」
「こういう抜けは珍しいな。疲れか?」

 子供達に教える時、放任気味だけどどこかでアンパイを取っていた。だけど、今回はそれが出来てない。余裕が無いのかな?

「わからないな。その2人はノーリに預けるよ。今はその方が良さそうだ」
「そうじゃな。そちらの従魔士はどうする?」

 ノーリは、カオルに向き直《なお》り話す。

「私は予定通り自由に動きます」
「ノールはそれで良いのか?」

 眼を凝らすと、カオルから立ち登る魔力はドス黒い。訓練の時、たまに復讐についての話はしていた。そんなに消したいのかと。何度も聞こうと様子は変わらなかった。だから最高の嫌がらせを教えることにしたんだ。

「カオル」
「はい」
「俺が教えた最高の嫌がらせを覚えているか?」
「……はい!」
「よし。自由にしろ!」

 それだけわかってれば、あとは好きにすれば良い。

「ノーリ。聞いた通りだ」
「相手に同情した方が良いのかのぅ」
「最高の仕事をしてくれるはずだ」
「儂らには良いことじゃな」

 メサたちを呼び寄せ、1匹ずつ主要人物に着かせる。被召喚者3人1匹ずつ、王弟様とナイトに1匹ずつ、ノーリとミコに1匹ずつ。ミコにはメサが勝手に張り付いている。

「これもアチキの人望にゃああはははっははは。やめぇ!」

 メサは、楽しそうにミコをくすぐってからかっているな。

「生意気なくらげにゃ! どっちが上か教えてやるにゃ!」
 ぶるぶるぶる!

 メサとジャレあい始めたので、そちらはスルーだな。

「そろそろ救助の準備に行きます。くれぐれも、動けるうちに逃げてくださいね」

「はい」「わかっとる」「うむ」それぞれの返事を聞き、精霊魔法と仙術で気配を消していく。周りの反応を見て、姿が消えたことを確認すると、ノーリにだけひと言ってから去ることにした。

「あとを頼む」
「任せておけい」

 後方で王弟様とノーリが飛ばす檄が聞こえる。周囲に溶け込みつつ、敵に近付き始めるダンピール達に紛れ込んだ。




 近くで見るゾンビたちは不快の塊だよな。詳細の描写を言いたくないし、触るのも嫌になりそう。こいつらに向かって行くダンピールたちを、俺は本気で尊敬するよ。

 ちなみに、ゾンビと言っても人だけじゃなく、動物や魔物もいる。強力な個体もいて、俺の目線の先に、獣の体に鳥の頭の魔物。名前は何だっけな……。

「みんなー! グリフ(グギャァァァ)がいるぞ!」

 そうだよ。グリフンだ。
 あいつも生前だったらカッコよかったんだろうけど、ゾンビなんかにされちまって、可哀想にな。

 倒すことは出来たが、さすがに強かったのか1人怪我を負ってしまった。

「大丈夫か!?」
「ぐ、うぅぅぅ」

 ちょっと怪我が深そうだな。これは手助けした方が良いか。
 近寄って姿を現す。

「お、お前は!」
「治療するから黙ってて」

 ダンピールの耐性が強いのか、毒性は中和されている。傷口も治り始めているが、少し広範囲過ぎたか。さらにグリフンの魔力が回復の邪魔をしている。
 ポーションより、薬草で治癒力を上げた方が良いかな?

 月光草は苦手だと聞いているので、癒し草を潰して気を混ぜ込みながら塗りたくる。

「い、いてぇぇぇ」
「我慢しろ!」

 混ぜ込んだ気がグリフンの魔力をかき消すと、徐々に傷口が塞がり始める。

「こいつは後ろに下げるぞ」
「あ、あぁ」

 周囲のダンピールたちも拒否しないので、担いでひとつ手前の待機地点に送り届けた。

「負傷者ね。薬草を噛ませて1時間も休めば、……動けるんじゃないかな?」
「お、おう。お前も良かったな!」

 まだ唸っているが、頭だけは上下して頷いている。

 再び前線に戻ると、新たな負傷者を見つけた。
 なかなか忙しい仕事を押し付けられたもんだなぁ。
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