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6章 不老者とクラス召喚

第120話 マイナール国の災難

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 <立花 昇>

「なんて奴だ」

 前にも後ろにも死屍累々《ししるいるい》の光景。
 覆面の放った煙に刺激物と激臭が混ざっていて、数時間程度じゃ全く消えない。倒れ込む者達を介抱しようにも、どこもかしこも臭いが散乱して逃げ場は皆無だ。

「立花君。とりあえず回復するわね」

 明石が回復の魔法をかけてくれるが、いつもより距離が遠い。それは俺が立っている場所が爆心地だからだ。
 王女様から貰った勇者装備一式が、奴の放った爆弾に直撃してしまった。かかった液体と粉塵で見る影も無い。

「お兄ちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、その装備使い続ける?」
「洗えば使えるんじゃ無いか?」

 俺の返事にチームの皆んなは表情が優れない。

「昇。剣もそうだけど、鎧もヒビが入ってるぞ?」

 後藤の言葉で見直してみると、かなり腐食されているように見える。まさか強酸性だったのか? と思ったが、体にも服にも以上は無い。
 軽く擦ってみると、鎧の端っこがポロポロと崩れ始めた。

「せっかくの勇者装備が…」

 俺が嘆いている横で、各々が好き勝手に言っていく。

「今だから言うけど、お兄ちゃんの装備ダサかったわよ」
「俺も思ってた。はっきり言うと一緒に歩いてて恥ずかしい」
「他の人治してきますね…」

 それならもっと早く言って欲しかったよ。
 だけど、なぜか頭がスッキリしている。ここしばらく掛かってたモヤが消えたような…。

 ここで話していても状況は良くならないので、団長へ相談しに行く。

「待ってくれ勇者殿」
「どうしました?」
「その、なんだ。そこからでも話せるんじゃないか?」
「でも、内密にした方が良い話もあるのでは無いかと……」

 団長は、俺の言葉に少し思考していたが、内密で無くて良いと言う。

「俺たち臭いからな。強化続けてなかったら、気絶してるぜ」

 後藤のセリフに反応して、臭いを嗅いでしまったのは失敗だった。鼻の奥から脳へ直撃する刺激。最初に涙が止まらなくなった。
 続いて来たのは、強烈な腐卵臭。ヘドロのように纏《まと》わりついて離れなれず、たまらず鼻を摘んだ手が更に臭かった。花のような甘さも内包し、香水の原液を全身に掛けてもここまでにはならない。

「勇者殿。結果として言わせてもらうが、戦った被害が大き過ぎた。見逃していた方が良かったかもしれんな」
「しかし、犯罪者ですよ!?」
「そうは言っても、ここまで被害が出てしまってはなぁ? こんな事例は初めてだが…」

 後方でその話を聞いてた王女様が苦言を呈する。

「騎士団長ともあろうお方が、そのようなことを言うのですか?」
「王女様」

 跪くと、先ほどまで晴れていたモヤが、再び頭に掛かったような気がした。
 後に続くように動ける人間全てが跪く。

 地面の臭いは更に強くなっており、中にはしゃがんだ反動で、そのまま口から虹を撒き散らしている。

「うっ。汚らしい」
「…簡易ながら報告させていただきます。召喚された者の中で5人が行方不明となっております」
「なんだって!? あ、失礼しました」
「構いませんわ。お仲間ですものね。それで、どなた方ですか?」
「下位グループの5人です」

 なんてことだ。タイミングとしては、あの覆面が怪しい。みすみす取り逃してしまうなんて失態だ。

「そうですか…。捜索の手続きをしてくださいまし」

 王女様の言う通り、捜索に参加しなければ!

「出来ません」
「なんですって? なぜです!?」

 そうだ! 今すぐ動かないと逃げられてしまう。

「この臭いは本当に厄介でしたな。こちらへのダメージは過大であり…」
「教えてくれ! 出来ればすぐにでも動きたいんだ」
「どうやら魔物寄せの効果があるようですな。」

 団長の視線の先には、小さな蠢く何かがいる。時間が経つにつれてだんだん大きくなり、姿がはっきり見え始める。
 蟲や爬虫類、両生類、ネズミ等。大型の肉食タイプがいないのでホッとしていた。

「弱そうなのが多いから、団長達がいれば大丈夫では?」

 俺は当然のように言ってみたが、鋭い視線で返される。直接訓練したことは無いが、団長の威圧感だけで負けた気分になる。

「勇者殿は、最近ようやく魔物退治を始めたので、わからぬのも無理ありません」

 横にいた副長がフォローしてくれた。

「む。それは知らなかった。失礼した」
「いえ。それで何か問題があるんですか?」
「あれらは全て毒持ちなのだ。毒になると動きが鈍るからな…。あれほどの数となればどれだけの被害になるか」

 団長の後ろでは、副長が動ける兵士達に指示を出している。緊急時の為か、王女様の前でも関係なく動いている。

「団長。ある程度は整いました。あとは指示をお願いします」
「王女様。今説明した通りです。捜索に出せば街と城を失う覚悟でお願いします」
「わかりました。心苦しいですが仕方ないでしょう。周辺を守りなさい」

 残念だが、そういうことなら仕方ない。
 俺も全力で守らせてもらおう。



 _______________

 <明石 鈴奈>

 立花君はどこかチグハグな人で、いつも不思議に思っていた。
 だけど、言葉が上手く先導してくれるので、学校ではついていってたんだけど…。

「仕方ない。僕たちも周辺の守りを手伝おう」

 召喚をされた後は、特に悪い方に目立っている。
 芽衣ちゃんと後藤君も、フォローしているようで放任しているだけだし、誰も立花君を止められない。
 私も、立花君が男性の肩を握り潰そうとした時から、怖くて何も言えなくなってしまった。

「鈴奈ちゃん! 城門の警備だってさ」
「あ、はい」

 言われるがまま付いていったけど、本当にこれで良いのかしら? 広場で倒れている人はたくさんいるのに、それを見捨てて良いの? 仲間が攫《さら》われたのに、そのままにして良いの?
 頭の中で思考がぐるぐる回転していると、ふいに声を掛けられた。

「あなたが聖女様でしたよね?」
「えっと、副長さんでしたっけ」

 みんなも足を止めて聞いている。

「まだ魔物は到着していないので、少し治療を頼みたい。良いだろうか?」
「私は構いませんが…」

 立花君達は複雑な顔をしている。何気に回復出来る人は私しかいなかったので、結構頼られてはいるの。

「勇者殿のことなら気にしなくて良い。大量に来る前には返すし、前段階程度でケガすることは無いですよね?」
「も、もちろんだ!」
「良かった。訓練が下手過ぎたかと思いました。もしそうなら指導から辞めようかと」

 副長の辞める発言を聞いたら、あとの2人も許可するしかなかった。

「大丈夫よ!」
「任せてくれ!」

(あの人以外、スキルの事しか言わないから、他が成長しないのよ。)
(本当それ。繰り返し同じ事言うし、何か怖いんだよな。)

 小声で言っているが、私にも聞こえている。

「聖女様が戻る時には、差し入れも持たせておこう。では行きましょう」
「はい」

 案内されて辿りついたのは救護室。ではなく、団長のいる詰所。

「えっと治療では?」
「すまないね。作戦の一役を担《にな》って欲しくて嘘をついた」
「それをさせたのも俺だ。勇者殿じゃなく君が主役だと言ったら角《かど》が立つだろう?」

 ここのところ立花君は不安定なので、そうなるかもしれない。
 頼まれたのは指定されたタイミングで聖域を展開すること。
 報酬に渡されたのは、手に乗っている小さな小瓶。

「これは何ですか?」
「特殊な薬師が作った毒消しだよ。毒を食らって、魔法が使えなくなった時に使うと良いよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 小さくてかわいい小瓶だったので、気に入っちゃった。
 くるくる回して裏を見ると『仙』という文字。
 何で仙?

 首を傾げて考えていると、外が騒がしくなってきた。
 ガシャガシャと金属がぶつかり合う音が近づいてくる。

「失礼します! 敵魔物に新手! 上空より浮きくらげの集団が襲来し、魔物同士が戦っています!」
「全く! 今日は付いてないのか付いてるのか。副長はどっちだと思う?」
「どうみても良く無い日ですよね? イベントは1日1つで十分です」

 団長がため息をつくと、大声で指示出しし始めた。

「城内の動ける兵士は、全員薬草を地下に隠せ! ひと欠片も落とすなよ!?」

 私にはわからない指示でしたが、みんな真剣な顔をしています。
 そっと見守りましょう。
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