上 下
33 / 165
2章 不老者、浮浪者になりました。

第32話 スラム街防衛戦

しおりを挟む
 日が顔を出す前に動き出し、畑の確認を済ませる。
 メサの生態は謎だが、睡眠に関しては俺と似ていて、寝ているようで意識はある。
 俺と同じように軽い瞑想状態が睡眠の代わりなのだろう。

 早々とメサに挨拶をして、今日の仕事を頼む。
 いつもと変わらない畑と孤児院の守りだ。

「じゃあ、夜に戻ってくるね」

 ここ数日のスラムは、ずっとピリピリした雰囲気が漂う。

「孤児院の兄さんか。早いね」
 と声をかけてくるのは、スラムに住む狼人の老人。

「皆さん、おはようございます」
 そう言って20人程に挨拶した。

「おはよう! 兄さんの爆弾は、ちゃんと渡したよ」
「あれは良いよな。獣人族の俺らにはキツいけどよ」
「最低鼻は隠さないとな」
「1日は近付きたくねー」

 朝から元気に話し合ってる。

「昨日も言いましたけど、逃げる為ですからね」
「皆んなわかってる。じゃあ、今日の対策を伝えよう」

 今日は、スラムに来るならず者が多いので、救助班を設立している。
 元々脛に傷を持つような人が多い為、個人の喧嘩から殺しまで、基本不干渉となっている。
 ただし、スラム存続の危機には、助け合いをすることがある。今までにも、奴隷狩りや異端狩り等、かなり荒らされた時には相互扶助があった。
 ここに来ている人たちは、スラムの中でもかなり強い人達になる。
 俺は会ったことないが、ここの元締めはこの街でも片手に入る強さと言われている。
 そう言うこともあって、普段は手を出されないのだが、定期的にこういうことが起こる。

「孤児院の守りは良いのか?」

 心配されたので答える。

「教会はメサに守らせてるので、基本放置ですよ」
「メサちゃん。そうとう強いでしょー? 返って殺しちゃったりしない?」
「麻痺させるように言いつけてるので……たぶん大丈夫なはず」
「何かあったら近所の見守り隊に連絡するよう伝えておくよ」

 この老人は顔が広いので本当に助かる。
 お礼を言いつつ、もう散開となった。
 俺の担当箇所はスラムの入り口側の一部となっている。
 怪我人の救護や逃走の手伝い、戦闘は非常時のみ。
 さぁ、行こうか。

 

 日が昇り明るくなった頃
 ここはスラム入り口付近に集まる集団がいた。

「今日は獣人共に制裁をあたえるぞー。きばれよー」

 片耳が削れた男が号令をかける。

「「「うっす」」」

 合計で50人を超える集団に、周囲の目は冷たいが、特に何することなく通り過ぎる。

 3人組でいくつかの入り口から入り始めるが、中は迷路のようになっていて、見通しの悪い道と行き止まりが多い。
 それでもズンズン進み住人を襲い始める。

「小僧共がいるぞぉ! おっらぁ!」
「「「にげろー!」」」

 子供たちは、道を知っているので紛れてすぐに見えなくなる。

 ただ、体の弱い子が逃げられずに追い詰められることがある。

「やっと1匹目か……。獣共に制裁をぉ!」

 メイスを振りかぶるチンピラに、目を瞑《つぶ》る子供。
 ここからが俺の仕事。
 屋根から素早く降り、武器の軌道を変えて、目に粉末を投げつける。

「うぎゃ。目が。うううう」
「上から急に!」
「そいつから叩け!」

 チンピラ共が殴りかかってくるところに、辛子爆弾を投下。
 それと同時に子供を抱えて、壁を蹴りつつ登っていく。

「救助者1。連れてってあげてー」
 と同じ屋根待機の人に声をかける。

「次は向こう側3棟あたりにいる」
「了解」

 救助と避難を分け、身軽な俺は救助担当をしている。
 それから何組か救助しているのだが、なかなか帰ってくれない。
 ふと仲間に声かけた。

「いつもこんなに粘られるの?」
「今まではもっと早く帰ってたんだが、人数も当初より増えてきている。1人本部に連絡させよう」
 そう言うと、一人呼び寄せ伝令させる。

 _______________

 スラム街入り口では。

「目がいてぇ」

 と目と鼻を抑えるチンピラが多数いる。

「気合いが足りねえんだよ」

 バルサが足で小突く。

「今回はほとんど収穫無いよ。このままだと俺らが締められるぜ?」
「俺たちが動くかー。増援も頼んでおけよ」

 下っ端が1人走り出すと、バルサ達5人がまとまって動き出した。

_______________

 救助者をまた1人屋根まで連れてくると
「隣の担当に強いのが現れた。こっちは減ってきてるから向こうを手伝ってくれ」
 目的地の方向を指した。


「追い詰めると、仲間が助けに来るのか」
「こりゃあ、雑魚共じゃ厳しいな」

 少しの余裕を持って襲ってきた者達と応戦するバルサ達。
 うーん。知ってる奴が来ちゃったか。と悩むうちにどんどん劣勢になる。

「これで顔を隠せ。あと俺もやる」

 彪人さんが黒いバンダナを渡して来た。
 ありがたい。受け取って目から下を隠すように装着する。

「片耳は対応してやるから、他のは早めに寝かせろ」

 事情を知ってる人がいるのはありがたい。頷いて動き出す。
 彪人さんが大きめの音をたてて降りると、劣勢の人達は逃げ始めてくれた。
 俺は後ろから降りる。

「手間取りそうなのが来やがった」

 彪人さんは声もかけずに攻撃を始める。ナイフと徒手で良い動きだ。

「ぐっ。手貸せ!」
「「「おう」」」

 他が動き出したので、一人の背中に這《は》い寄り蔦で首を締める。
 数秒で意識を落とし次へ。
 2人目までは、行けたが2人加勢してしまった。

「ははは! さすがに一人じゃきついだろぅが!」

 彪人さんも3人だと捌くのが精一杯のようだ。
 隙を見て1人は意識を落としたが、そこで気づかれる。

「バルサ! もう1人いるぞ! 警戒!」

 仲間が彪人さんを対応し、バルサが振り返る。

「なんだ? 覆面野郎が……倒されてるじゃねーか!」

 怒鳴りながら攻撃してくる。
 気づかれる前に寝かせたかったのにな。
 直接戦うのは苦手なんだよ。

 まともに組手するのは、昇格試験以来。
 相手の武器は刀剣だな。昔みたシミターというのに似ている。
 思ったより切り返しが早く跳ねるように振り下ろした剣が戻ってくる。かなりまともな流派を収めているらしい。
 歩法でズラし、添えた手で剣の腹を押す。
 彪人さんはそろそろ倒せそうだろうか。

「避けてばかりで、攻撃しねーのか? 逃げ腰のコッコかよ!」

 相変わらずそのニヤけ顔は好きになれんな。
 しかし、対峙《たいじ》すると上手く出来ない。
 師匠との組手でもそうだった。
 下手だとか、攻撃の才能は無いとか、散々言われたな。
 そのせいか、避けるのと奇襲は上手くなったんだっけ。

「くそっ。ぜんぜん当たらねぇ! 避けんじゃねーよ!」
「……」

 バルサの後ろから微かな声が聞こえるが、聞き取れない。

 棒術は面白かった。飛んだり弾いたり。
 無手はどうだったっけ。
 そうだ。
 師匠から気を使わない攻撃を教わったな。

「いつ……まで……、避けてやがるんだ」

 1つ思い出した。
 確かこう。

「回転の力を乗せ」

「へへ。急に何を言ってるんだ」

「腕をしならせ」

 耳に風切り音が聞こえる。

「な、なんだよその音・……」

「叩きつけるように」

「おらぁぁぁあ!」

 バルサが剣を振り下ろし……。
 その剣の腹に向かって……。

「振り抜く!」

 高い金属音とともに剣が砕ける。
 少し回転を緩め、放心したバルサに踏み出す。
 今度は弱めた腕のしなりを……。
 バルサの左頬に上腕を当て、巻きつけるように右頬に平手をかます。

 およそ平手としては、似つかわしく無い大きさの破裂音。
 それと同時。
 俺の腹に、頭を擦り付けながら崩れるバルサ。

「ふぅ。なんとかなったか」

 やっと一息ついた俺は、周りを見る。
 彪人さんはすでに倒しているようだ。

「早く終わってるなら、助けてくれても良いんじゃ無いですかぁ?」

 苦手って言ってるんだから、もう少しフォローがあっても良いだろうとむくれていると。

「あんなに振り回してたら無理だろう。怖くて近寄れなかったしな」

 そう言われるとしょうがないと思ってしまう。

「こいつらは、一応返した方が良いですよね?」

 担いで入り口まで返してやることにした。
 一応夜まで見守っていたが、バルサ以来入り込んでくる者もほとんどおらず、楽なものだ。

「みんな今日はお疲れ様。上からの情報で、大元が動かないからもう大丈夫そうだ」
「一日で終わったのは良かったな。明日から通常通りだ」
「「「はぁー。良かったなー」」」

 それぞれ安堵しつつ解散になった。
 帰り直前に彪人さんに声をかけられた。

「片耳にやってた。あの攻撃はなんだ?」
「あれ? 名前は確か……。鞭打だったかな? ちょっとうろ覚えなんだよね」
「どこで覚えたんだ?」
「え? んー!? うーん……。思い出せないんだよね。師匠に教わったことだけは覚えてる」

 師匠の名前やら細かく聞かれたが、答えられなかった。
 ついでに、そういうのを書いた日記を探していることも伝えると、渋々引き下がった。

「じゃあ、彪人さん。またねー」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...