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満月
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この街は、表向き商業都市となっているが、大通り以外は犯罪が横行して治安が悪い。
路地裏で、今日の仕事を終えたエリザが手を払うと地面に燻んだ薔薇が咲く。
あとは他の人がやる仕事だと、そそくさとその場を後にして、行きつけのカフェへ向かう。
聴き慣れたドアベルを鳴らしながら入店すると、エリザの視線の先にはいつもの男がいた。
「エリザ。仕事は終わったのかい?」
「終わったわ。マスター。いつものを。」
返事もなくマスターがコーヒーを作り始め、水音とサイフォンの空気音が心地良い。
この店に来る度に、仕事が終わったと感じる。
頼んだコーヒーが出てくると、鼻へ近づけ香りを楽しむ。
それまで鼻についていた匂いを洗い流すように…。
「お疲れ様。」
この男はそれを知っていて、わざわざ私が落ち着くのを待ってるのだ。
男の名前はゼル。
私と同じく裏の仕事で、運び屋をしている。
こんな優男が出来るのか不思議だが、数年前からいつもこの店で会ってるので、仕事は出来ているのだろう。
私が先に店にいる時もあれば、男が先のこともある。
週に2度、会わない日はあるが、5日は会っていることになるか。
会った日に少し話す程度だが、居なければ寂しく感じる。
正直顔が良いわけでもない。
活気も無いし、冴えない顔と言っても良い。
そんなゼルと、今日も少ない言葉を交わす。
そこに新たな客がやってくる。
「やっぱりここに居たわね。」
煩いのが来たわ。
「何の要かしら?」
「何って仕事よ。後で店に来てちょうだい。ゼルもよ!」
一瞬目を丸くするゼルだが、ゆっくりと頷く。
「エリザと仕事って数回くらい?」
「これで3回よ。」
「そんな少なかったか。今回もよろしくね。」
「よろしく。」
エリザは仕事が気になって仕方ない。
先程の女は、ベリーという名前で、この街で女性ボスのマザーが管理するマフィアで侍女をしている。
そこからの依頼で運び屋と一緒になったことはなかった。
なぜ今回呼ばれたのか?
行けばわかると、ノコノコ行くとただカモにされるので、多少身構えていなければいけない。
エリザは動きに自信はあるが、考えると深く嵌まり込んでしまう。
そして結局、その場で決めるしか無いとなるのだ。
今回も同じく、呼ばれた店に到着する方が早かった。
「何か考えてたようだけど、良いの?」
「良いわ。結局行くしか無いもの。」
「ふふ。エルザと一緒なら大丈夫だよ。」
一瞬胸が弾む感覚。
この男は、たまにこういうことを言うから反応に困る。
「馬鹿なこと言ってないで、行くわよ。」
「そうだね。」
無駄に作りの良い扉を開けて中に入ると、さっきの侍女が待っていた。
「来たわね。マザーの所に案内するわ。ついてきて。」
長めの階段を登り、来たことのある応接室へ辿り着く。
ベリーの報告を聞いたマザーが入室を許可する。
「さぁ、入って。わかってると思うけどエリザ、失礼は。」
「わかってるわよ。なんで私だけ。」
「マザーが待ってるから、入ろうよ。」
ため息をついて、落ち着かせてから入室。
「お待たせ致しました。エリザです。」
「ごきげん麗しく。ゼルです。」
「良く来たな!それと堅苦しい話し方はやめろ!周りの奴らがうるせーんだろ?」
この豪快な話し方をする人がマザー。
2m程もある大柄な女性。
至る所に傷を持ち、隠そうともしない露出の高いドレスを着ている。
本人曰く、これも周りが煩いからだそうだ。
噂でしか聞いてないが、昔から露出度の高い服を着ていたという。
ただし、毛皮と金属の胸当てという野蛮な格好だが。
そんなマザーは、女の私から見ても整った顔をしている。
その綺麗な両頬と鼻に深い傷はあるが、美人にそんなことは関係無い。
「エリザ!うちに来い!」
「ご遠慮させていただきます。」
「またか。」
その言葉通り、この一連の流れがお決まりになってしまった。
「ゼルは…。もっと筋肉つけろ!」
「ははは。善処します。」
「マザー。次もありますので。」
横にいた執事の催促だ。
「わかっている。2人に仕事を頼みたい。難しくは無いが、速さが欲しい。この箱を西に駐屯している中将に渡してくれ。ゼル。」
「開放厳禁。このままお渡しする。」
マザーも満足の返答のようだ。
「エリザはゼルの護衛だが、どちらかというと隠密に近い。」
「なるほど、中将以外にはなるべく気づかれないようにと。」
「そうだ。もっと言えば数人協力者がいる。合図を書いた紙を見てくれ。」
手信号と協力者の特徴が書いてある。
「私は覚えたわ。ゼルは?」
「大丈夫。じゃあ準備しようか。」
そういうとゼルが言葉のない歌を歌い、歌に合わせて、中空に光の糸が現れる。
ゼルの手が綺麗な糸を紡ぎ、胸の前に大きな光を作ると、そこに箱が入れられる。
「良い手並みだ。」
「出すのは一瞬でも、入れるのがこれですからね。毎回大変です。」
私はそれが好きで楽しみにしている。
最初見た時は、ただただ呆然としてしまった。
特別上手くもないが、不思議なメロディと手の動き。
ふとマザーの顔を見るとニヤニヤとこっちを見ている。
「エリザ。気を抜くなよ!ふふん。」
「わ、わかってるわよ。」
「エリザ。言葉遣い。」
「私は構わん!」
執事も諦め顔だ。
「それでは行ってきます。」
路地裏で、今日の仕事を終えたエリザが手を払うと地面に燻んだ薔薇が咲く。
あとは他の人がやる仕事だと、そそくさとその場を後にして、行きつけのカフェへ向かう。
聴き慣れたドアベルを鳴らしながら入店すると、エリザの視線の先にはいつもの男がいた。
「エリザ。仕事は終わったのかい?」
「終わったわ。マスター。いつものを。」
返事もなくマスターがコーヒーを作り始め、水音とサイフォンの空気音が心地良い。
この店に来る度に、仕事が終わったと感じる。
頼んだコーヒーが出てくると、鼻へ近づけ香りを楽しむ。
それまで鼻についていた匂いを洗い流すように…。
「お疲れ様。」
この男はそれを知っていて、わざわざ私が落ち着くのを待ってるのだ。
男の名前はゼル。
私と同じく裏の仕事で、運び屋をしている。
こんな優男が出来るのか不思議だが、数年前からいつもこの店で会ってるので、仕事は出来ているのだろう。
私が先に店にいる時もあれば、男が先のこともある。
週に2度、会わない日はあるが、5日は会っていることになるか。
会った日に少し話す程度だが、居なければ寂しく感じる。
正直顔が良いわけでもない。
活気も無いし、冴えない顔と言っても良い。
そんなゼルと、今日も少ない言葉を交わす。
そこに新たな客がやってくる。
「やっぱりここに居たわね。」
煩いのが来たわ。
「何の要かしら?」
「何って仕事よ。後で店に来てちょうだい。ゼルもよ!」
一瞬目を丸くするゼルだが、ゆっくりと頷く。
「エリザと仕事って数回くらい?」
「これで3回よ。」
「そんな少なかったか。今回もよろしくね。」
「よろしく。」
エリザは仕事が気になって仕方ない。
先程の女は、ベリーという名前で、この街で女性ボスのマザーが管理するマフィアで侍女をしている。
そこからの依頼で運び屋と一緒になったことはなかった。
なぜ今回呼ばれたのか?
行けばわかると、ノコノコ行くとただカモにされるので、多少身構えていなければいけない。
エリザは動きに自信はあるが、考えると深く嵌まり込んでしまう。
そして結局、その場で決めるしか無いとなるのだ。
今回も同じく、呼ばれた店に到着する方が早かった。
「何か考えてたようだけど、良いの?」
「良いわ。結局行くしか無いもの。」
「ふふ。エルザと一緒なら大丈夫だよ。」
一瞬胸が弾む感覚。
この男は、たまにこういうことを言うから反応に困る。
「馬鹿なこと言ってないで、行くわよ。」
「そうだね。」
無駄に作りの良い扉を開けて中に入ると、さっきの侍女が待っていた。
「来たわね。マザーの所に案内するわ。ついてきて。」
長めの階段を登り、来たことのある応接室へ辿り着く。
ベリーの報告を聞いたマザーが入室を許可する。
「さぁ、入って。わかってると思うけどエリザ、失礼は。」
「わかってるわよ。なんで私だけ。」
「マザーが待ってるから、入ろうよ。」
ため息をついて、落ち着かせてから入室。
「お待たせ致しました。エリザです。」
「ごきげん麗しく。ゼルです。」
「良く来たな!それと堅苦しい話し方はやめろ!周りの奴らがうるせーんだろ?」
この豪快な話し方をする人がマザー。
2m程もある大柄な女性。
至る所に傷を持ち、隠そうともしない露出の高いドレスを着ている。
本人曰く、これも周りが煩いからだそうだ。
噂でしか聞いてないが、昔から露出度の高い服を着ていたという。
ただし、毛皮と金属の胸当てという野蛮な格好だが。
そんなマザーは、女の私から見ても整った顔をしている。
その綺麗な両頬と鼻に深い傷はあるが、美人にそんなことは関係無い。
「エリザ!うちに来い!」
「ご遠慮させていただきます。」
「またか。」
その言葉通り、この一連の流れがお決まりになってしまった。
「ゼルは…。もっと筋肉つけろ!」
「ははは。善処します。」
「マザー。次もありますので。」
横にいた執事の催促だ。
「わかっている。2人に仕事を頼みたい。難しくは無いが、速さが欲しい。この箱を西に駐屯している中将に渡してくれ。ゼル。」
「開放厳禁。このままお渡しする。」
マザーも満足の返答のようだ。
「エリザはゼルの護衛だが、どちらかというと隠密に近い。」
「なるほど、中将以外にはなるべく気づかれないようにと。」
「そうだ。もっと言えば数人協力者がいる。合図を書いた紙を見てくれ。」
手信号と協力者の特徴が書いてある。
「私は覚えたわ。ゼルは?」
「大丈夫。じゃあ準備しようか。」
そういうとゼルが言葉のない歌を歌い、歌に合わせて、中空に光の糸が現れる。
ゼルの手が綺麗な糸を紡ぎ、胸の前に大きな光を作ると、そこに箱が入れられる。
「良い手並みだ。」
「出すのは一瞬でも、入れるのがこれですからね。毎回大変です。」
私はそれが好きで楽しみにしている。
最初見た時は、ただただ呆然としてしまった。
特別上手くもないが、不思議なメロディと手の動き。
ふとマザーの顔を見るとニヤニヤとこっちを見ている。
「エリザ。気を抜くなよ!ふふん。」
「わ、わかってるわよ。」
「エリザ。言葉遣い。」
「私は構わん!」
執事も諦め顔だ。
「それでは行ってきます。」
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