上 下
19 / 27
Ch.2

19

しおりを挟む
 保護地域に指定された山からの濃い空気が漂う山間の村に、祭り以外では珍しい叫び声がこだました。叫び声を上げた男は、「あんたの遺伝情報を持ってないんだから、子供が絵を描く天才で当然だ。自然の摂理だ、まったく理に適っている」と自然溢れる山間の中、さも当然と摂理を貫く容赦ない言葉を受け入れまいと耳を塞ぎ、二階の窓を開け放ち飛び降りた。

「こんなはずじゃなかった。僕より、子供のほうがこんなにも才能に溢れているなんて。僕より素晴らしい芸術家になるようにと、たしかにギフトを贈ったが、こんなにも天才の名をほしいままにするなんて」
 男は飛び降りる前、黒いスーツの宇宙人が長台詞を朗々と吐き出しながら自分に向かって歩を進めるのを阻止しようと呟いたが失敗に終わった。宇宙人の歩みは、男の面前まで止まることはなかった。
 男の手には封筒が、今では珍しいリアルな紙のそれも上質な紙の手紙が握りつぶされていた。伝統を重んじる芸術分野では国際的に著名な賞の受賞を告げる手紙だった。宛名には男の名が書かれていたが、受賞した作品は彼のものではなかった。
「それはあんた宛の手紙じゃない」
 宇宙人がそう告げると、男は手紙を目の前の宇宙人に投げつけ窓の外へ飛び出した。
彼もまた、ムンクのように、なにかをおそれ慄いた苦悶で歪んだ表情で地面へと吸い込まれていった。
 アトリエとなっている階下の部屋で、もくもくとキャンバスに向かう子供の絵を褒めちぎっていた野生司は、叫び声に背筋が凍り、認めたくない現実を、警察官か、もしくは引率の先生の矜持か、とにかく勇気を振り絞って振り返った。窓の外では、警視庁の備品であるセーフティネットに受け止められ、ぽよんぽよんと弾むこのアトリエの主の姿を見た。
 野生司は、子供ににっこり笑って「緊急避難の練習かな」と告げて、脱兎の如く2階へと駆け上り、アトリエの真上にある部屋へ飛び込んだ。
「ちょっと!!!ロクさん!!何やってんですか!!」
「何もしてない。勝手に飛び降りた」
「そんなわけないでしょう!!!」
 野生司は窓の下を見やり、両の掌を天井に向けしらをきる宇宙人を力任せに脇へと押しのけ、窓の下を覗き込んだ。
「あのぅ……無事、ですか?」
<もちろんです。人命救助は最優先事項ですから>
四方でセーフティネットを固定していたぴぽまるくんたちの頼もしい声が心に染みた。


「あー……疲れた……」
 ベッドに倒れこんだ野生司は「履歴」とモバイルに伝え、宙に着信履歴を表示すると「羽田先輩。映話」と告げた。宙に“呼び出し中”とメッセージが浮かびあがる。
<はーい。お疲れーって本当にお疲れじゃん>
 タンクトップに短パンの羽田が現れた。
「お疲れ様です……」
<どした? 今日も巨大な5歳児にやられた?>
「子供にプライドを酷く傷つけられた親が部屋から出てこなくなった。自殺するかもしれないとパートナーからの通報で出動したんですけど」
<まって、まって、その話聞くの2回目じゃない? デジャブ?>
「いえ。2度目です。先日の1回目は、自分の遺伝情報から誕生した子供が天才でないのはおかしいと主張、2度目の今日は、絵画やデザイン、視覚的な創造物に秀でた遺伝情報を探し、そこから誕生した子供が、幼いながらも世界が認める天才になってしまって、自分とのギャップに耐えられなくなったと主張」
<安全対策課ってそういうのに出張るんだ?>
「通報したパートナーが原因は子供だって言っちゃってましたから」
<で?>
「未遂でした」
<げー子供にプライド傷つけられて自殺未遂?>
「いや、まあ、部屋のドアをぶち破ったうちの5歳児が更に父親に追い討ちをかけ、窓からダイブって言うか……」
<安全対策課じゃなかったっけ?>
「うちの課が他の部署から切り離された、漂流島な課である理由がわかってきました」
<なになに?>
「面倒臭いんですよ。うちが動く時、問題となる親ってギフトの注文が高いタイプが多いんです。通常ギフトでは飽き足らずっていうか」
<身の程知らずな親ってことか>
「そこまでは言いませんけど、いや言いたい時もありますけど。高いギフトを贈ってやったのに理想と違うって平気な顔で言っちゃう輩には」
<そんな親、どんどん逮捕しちゃえば? 親には贈ったギフトにも子供にも全責任あるし、だいたいGATERS(ゲーターズ)じゃなくたって親は子供に責任があるよ>
「だからこそGATERS(ゲーターズ)に限らず、子供を持つには親の資格が必要だし、その資格に見合うだけの責任に対する違反行為への処罰は重いんですが」
<しっかし保護しに行った先の親を自殺に追い込むって、相当だな。ヒトデナシって言われてるんでしょ?だから、本当にヒトじゃないんじゃないの?宇宙人とかアンドロイドだったりして>
「色んな意味で宇宙人に見えますけどまさか」
<わかんないよー 最近のロボットやアンドロイドは本当に優秀だから。この前、迷い犬探ししたんだけど、年季の入ったロボット犬の、そしたら犬の認知症らしき症状出てたよ」
「それってどこか壊れちゃってたんじゃないんですか?」
<いやいや。リアルを追求するエンジニアが、認知症発症プログラムを組み込んでいたかもしれない。大昔にある一定の期間を過ぎると必ず壊れて修理に出さなければいけないタイマーがあると、まことしやかな都市伝説をきいたことがある>
「都市伝説ですか。私も子供の頃、宇宙人は地球に来ているって言う都市伝説聞きましたよ」
<宇宙人は都市伝説じゃないよ。なんだ、野生司はエリア51を知らないのか?>
「え」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

アルケミア・オンライン

メビウス
SF
※現在不定期更新中。多忙なため期間が大きく開く可能性あり。 『錬金術を携えて強敵に挑め!』 ゲーム好きの少年、芦名昴は、幸運にも最新VRMMORPGの「アルケミア・オンライン」事前登録の抽選に当選する。常識外れとも言えるキャラクタービルドでプレイする最中、彼は1人の刀使いと出会う。 宝石に秘められた謎、仮想世界を取り巻くヒトとAIの関係、そして密かに動き出す陰謀。メガヒットゲーム作品が映し出す『世界の真実』とは────? これは、AIに愛され仮想世界に選ばれた1人の少年と、ヒトになろうとしたAIとの、運命の戦いを描いた物語。

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。 それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。 彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。 実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。 一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。 一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。 嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。 そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。 誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。

処理中です...