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死ぬまで来ないかもしれないその日の為に

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スタッフが呼びに来て、こどもたち二人は出かけていった。やれやれだ。

二人が見えなくなると桃ちゃんママはかばんからスマホを取り出して何かの作業を開始した。
そうそう。あるよね。この瞬間。こどもが出て行ったあと、ふっと一呼吸あって、付き添いが “宜しくお願いします” の顔から素の顔に戻る瞬間。だいたいここから短くても1時間、待たされる付き添いは先ずスマホを取り出す。顔見知りがいればスマホでの確認作業の後に世間話に花を咲かせる光景もよくみるが、そうじゃなければそこからはひたすらスマホとの対話時間だ。偉大だな、スマホ。撮影がおしておしておしまくって何時間と待たされるときでも充電のかぎりただきたすら付き合ってくれるんだから。献身的だよな。命がついえるその瞬間まで、相手をしてくれるなんて。

ついえはしない。バッテリが落ちるだけである。

しかし。そんなに長時間いったい何の対話を繰り返しているんだろう。俺は、単行本片手にちょいちょい周りを見渡してはいつも不思議に思っている。

おおそうだ。付き添い極意でもメモっておくか。
小説の糧となる日がくるかもしれん。さすが俺。

死ぬまで来ないかもしれないその日のために、えーっと……と言いながら、電子的にメモを残す習慣のない男は単行本の代わりに黒い手帳とペンを取り出した。

まず、長時間になる可能性がある場合、モバイルバッテリとやらを携行すべし。ん? モバイルバッテリ? 携帯バッテリ? あれ、どっちだっけ。まあいいか。あのつるっとして黒くて重たそうなかたまりな。電源コンセントがないことも多いし、そもそもヨソサマの管轄で勝手に使っていいのか判断に悩む。まあ、俺は単三電池3本で充電できる優れものをいつも携行しているぞ。

乾電池で事足りるのはガラケーならではである。

それから……。

ちらりと斜め前を見ると、スマホを見ながら持参したらしい水筒を取り出している知り合いの姿が見えた。

そうだ。寒い時期に温かい飲み物の持参は必須だ。場所によってはコンビ二はおろか、自販機すら見当たらない場所だってある。秩父や箱根の山中ロケとあれば、生死を分けるかもしれん。

「飲みますか?」

妙に真剣な顔をしたモジャ頭の視線に気付いた、桃の母がスマホをテーブルにおいて声をかけた。

「いえ! まずはご自身の命を第一に!」
「え?」

「え?! いや、その、寒い時は温かい飲み物に助けられますよね! こう、腹の底って言うか命の底から温まるって言うか、生命線そのものって言うか。大丈夫です! 私も命、持って来ているので! お気遣い有難うございます」

命の持参は当然だろう。一応、モジャっと生きて動いている。その証拠にモジャおはモジャ頭を揺らせながら慌ててこれが私の命ですとでも言いたげにかばんから水筒を取り出した。

モジャおさん。多分それは水筒です。あなたの命は……。

桃の母は、何かに促されるようにモジャ頭を見つめずにはいられなかった。
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