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間奏曲
Bel Canto(4)
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――ある日。
トニーはまた戦場にいた。
戦闘が小康状態に入ったのも束の間、爆音や銃声がそこら中で響き始める。目の前でばたばたと人間が崩れ落ち、倒れていく。撃たれ、吹き飛ばされ、時には切り裂かれ。四肢や頭や顔が吹き飛び、腹に穴があき、身体のあちこちがいとも簡単に四散する。絶命できずにあがる悲鳴、叫び、呻き。
トニーにとっては日常の、たまに村に立ち寄る見物人たちが言うには阿鼻叫喚の、そいつらが地獄だという場所で響く音の中をトニーは友達が歌っていた曲を鼻歌交じりに歩いていた。
いったいいつから。なんのために。こいつらは殺しあってるんだろう。
トニーは自分の足にすがりつく兵士の手を一瞥し踏み潰した。断末魔の悲鳴が上がる。
死にに来てるくせに、なんで死にたくないって言うんだろう。殺さないでくれって頼むんだろう。
どこからともなくやってきて、勝手にひとんちの庭先で殺し合いを始めて、畑を潰し、山を壊し、川を汚し、こうして村を、村人を、死にぞこないや死体に群がる蝿にしたくせに。
誰がなんのために。理由なんて誰もわからない。知らされてない。
生まれてからずっとこうだ。きっと死ぬまでずっとこうだ。
トニーは転がって呻く兵士から銃を取り上げた。放っておけばそのうち死ぬだろうから弾の無駄遣いはしたくないと思ったが、何度も死にたくないと唱える兵士の声が美しい旋律を遮るノイズに聴こえて頭を銃で撃って黙らせた。
「ダメだよ。静かにしてくれないと聴き逃しちまう」
そう呟いてなんでもないようにトニーは立ち上がり、また歩き始めた。今度は曲に合わせて引き金を引きながら。
トニーが、ただ頭に響く音に導かれるまま、前後、斜めと銃口を向けそして響きに合わせて銃火を上げると、武装しているはずの兵士たちが面白いように肉片を飛ばし血飛沫を飛散させて倒れていく。
『なんだ。こんな簡単なことだったんだ。こうやって曲に合わせればいいだけなんだ』
トニーは愉快だった。何も考える必要はなかった。いつものように必死に身体を命を守りながら戦場を這いずり、逃げ惑う必要はなかった。ただ曲に身を委ね、口ずさみ、曲に合わせて身体を動かせば無駄のない流れるような動きで腕が伸ばされ引き金がひかれる。そうして見れば自分の撃った弾が人間を破壊し倒していた。
トニーは自分の村のあるこの土地の、故郷の姿をこの戦場以外知らない。遠い昔に、移り変わる季節の中で水の音や鳥の声を聴き、雪の降る冬には静寂に包まれたと、遠い遠い昔話を小さな頃に村のおじいさんに聞いたきりだった。村でそんな音が聴こえるなんておとぎ話だと思うほど、耳に慣れた音はいつも殺戮の音で、その中である日初めて友達の歌を聴いたとき、おじいさんの話しは嘘ではなかったのだと、きれいな音は本当にあるのだと知った。人間の出す醜悪な音で埋め尽くされたこの場所で、唯一、きれいな音だと思った。
思い出したように友達の歌を歌うと目の前の血と硝煙と腐敗が漂う戦場が、見たこともないようなきれいな一面の雪の花畑に変わった。
ここがこんなにきれいで楽しい世界だったなんて。
トニーはこみ上げる笑いを堪えきれず笑った。ふと見れば、雪原の花畑で踊る友達がいる。とても楽しそうに、まるで本当に天国の片隅の庭で流れる音楽に合わせて踊っているような姿にトニーは見とれた。そしてそのままひたすらに手当たり次第に、群がる兵士を殺していく姿に。トニーは友達に近付くと血塗れの体で2人で笑った。
「俺さ、お前の名前知りたいんだ。教えてくれよ」
トニーの問いかけに、嬉しそうに頷き笑った友達が「私の名前は」と声を出したその首が、刹那胸からずるりと落ちた。落ちた首の向こうには太陽の影に濃い縁取りを纏わせた黒い獣がいた。緑の双眸。凶暴な光。ギラギラと光るナイフがその両腕にあり、太陽の光を禍々しく反射させている。トニーの体は一瞬逃れるのが遅れ、大型の刃はその胸を貫いた。トニーは息が詰まるような痛みを感じた気がしたが、胸に突き刺さったナイフを目の当たりにしてその衝撃は不思議と消えた。次の攻撃から逃れようと体が自然と動く。
俺、死んでるのになあ。
見ろよほら、こんなでっかいナイフに胸刺されてるってのにさあ。
ほら見ろよ。俺の腹。でかい穴空いてるだろ。
トニーは友達の、切り落とされ転がった首を見た。両の眼は見開かれ顔のあちこちは痙攣しながら口を動かしてトニーを見ている。
お前もずっと前に死んでたんだよな。
ああ。そうだ。
俺も、あのとき死んだんだったよ。とっくに死んでるんだった。
あの腹にでかい穴あけたやつが、突然動き出して銃をぶっ放したときにさ。
トニーを血の混じった泥濘の下から見上げる友達の瞳は、鈍く青く光っているように見えた。その端から涙がこぼれる。
お前の目、きれいだな。
お前、死んでも歌ってるんだな。俺にも曲が聴こえるよ。
殺さなきゃ。殺さなきゃな。ここにいる奴らみんな殺さなきゃな。
殺して殺して全てを殺して、雪が降ったあとみたいに静かにしないとお前の歌、聴こえねぇ。
お前の名前が、また聞けねえ。
獣の刃が視界の端から迫ってくるのが見えた。
無音になる瞬間、風きり音が刃に受けた煌く光とともに聴こえ、そして消えた。
トニーはまた戦場にいた。
戦闘が小康状態に入ったのも束の間、爆音や銃声がそこら中で響き始める。目の前でばたばたと人間が崩れ落ち、倒れていく。撃たれ、吹き飛ばされ、時には切り裂かれ。四肢や頭や顔が吹き飛び、腹に穴があき、身体のあちこちがいとも簡単に四散する。絶命できずにあがる悲鳴、叫び、呻き。
トニーにとっては日常の、たまに村に立ち寄る見物人たちが言うには阿鼻叫喚の、そいつらが地獄だという場所で響く音の中をトニーは友達が歌っていた曲を鼻歌交じりに歩いていた。
いったいいつから。なんのために。こいつらは殺しあってるんだろう。
トニーは自分の足にすがりつく兵士の手を一瞥し踏み潰した。断末魔の悲鳴が上がる。
死にに来てるくせに、なんで死にたくないって言うんだろう。殺さないでくれって頼むんだろう。
どこからともなくやってきて、勝手にひとんちの庭先で殺し合いを始めて、畑を潰し、山を壊し、川を汚し、こうして村を、村人を、死にぞこないや死体に群がる蝿にしたくせに。
誰がなんのために。理由なんて誰もわからない。知らされてない。
生まれてからずっとこうだ。きっと死ぬまでずっとこうだ。
トニーは転がって呻く兵士から銃を取り上げた。放っておけばそのうち死ぬだろうから弾の無駄遣いはしたくないと思ったが、何度も死にたくないと唱える兵士の声が美しい旋律を遮るノイズに聴こえて頭を銃で撃って黙らせた。
「ダメだよ。静かにしてくれないと聴き逃しちまう」
そう呟いてなんでもないようにトニーは立ち上がり、また歩き始めた。今度は曲に合わせて引き金を引きながら。
トニーが、ただ頭に響く音に導かれるまま、前後、斜めと銃口を向けそして響きに合わせて銃火を上げると、武装しているはずの兵士たちが面白いように肉片を飛ばし血飛沫を飛散させて倒れていく。
『なんだ。こんな簡単なことだったんだ。こうやって曲に合わせればいいだけなんだ』
トニーは愉快だった。何も考える必要はなかった。いつものように必死に身体を命を守りながら戦場を這いずり、逃げ惑う必要はなかった。ただ曲に身を委ね、口ずさみ、曲に合わせて身体を動かせば無駄のない流れるような動きで腕が伸ばされ引き金がひかれる。そうして見れば自分の撃った弾が人間を破壊し倒していた。
トニーは自分の村のあるこの土地の、故郷の姿をこの戦場以外知らない。遠い昔に、移り変わる季節の中で水の音や鳥の声を聴き、雪の降る冬には静寂に包まれたと、遠い遠い昔話を小さな頃に村のおじいさんに聞いたきりだった。村でそんな音が聴こえるなんておとぎ話だと思うほど、耳に慣れた音はいつも殺戮の音で、その中である日初めて友達の歌を聴いたとき、おじいさんの話しは嘘ではなかったのだと、きれいな音は本当にあるのだと知った。人間の出す醜悪な音で埋め尽くされたこの場所で、唯一、きれいな音だと思った。
思い出したように友達の歌を歌うと目の前の血と硝煙と腐敗が漂う戦場が、見たこともないようなきれいな一面の雪の花畑に変わった。
ここがこんなにきれいで楽しい世界だったなんて。
トニーはこみ上げる笑いを堪えきれず笑った。ふと見れば、雪原の花畑で踊る友達がいる。とても楽しそうに、まるで本当に天国の片隅の庭で流れる音楽に合わせて踊っているような姿にトニーは見とれた。そしてそのままひたすらに手当たり次第に、群がる兵士を殺していく姿に。トニーは友達に近付くと血塗れの体で2人で笑った。
「俺さ、お前の名前知りたいんだ。教えてくれよ」
トニーの問いかけに、嬉しそうに頷き笑った友達が「私の名前は」と声を出したその首が、刹那胸からずるりと落ちた。落ちた首の向こうには太陽の影に濃い縁取りを纏わせた黒い獣がいた。緑の双眸。凶暴な光。ギラギラと光るナイフがその両腕にあり、太陽の光を禍々しく反射させている。トニーの体は一瞬逃れるのが遅れ、大型の刃はその胸を貫いた。トニーは息が詰まるような痛みを感じた気がしたが、胸に突き刺さったナイフを目の当たりにしてその衝撃は不思議と消えた。次の攻撃から逃れようと体が自然と動く。
俺、死んでるのになあ。
見ろよほら、こんなでっかいナイフに胸刺されてるってのにさあ。
ほら見ろよ。俺の腹。でかい穴空いてるだろ。
トニーは友達の、切り落とされ転がった首を見た。両の眼は見開かれ顔のあちこちは痙攣しながら口を動かしてトニーを見ている。
お前もずっと前に死んでたんだよな。
ああ。そうだ。
俺も、あのとき死んだんだったよ。とっくに死んでるんだった。
あの腹にでかい穴あけたやつが、突然動き出して銃をぶっ放したときにさ。
トニーを血の混じった泥濘の下から見上げる友達の瞳は、鈍く青く光っているように見えた。その端から涙がこぼれる。
お前の目、きれいだな。
お前、死んでも歌ってるんだな。俺にも曲が聴こえるよ。
殺さなきゃ。殺さなきゃな。ここにいる奴らみんな殺さなきゃな。
殺して殺して全てを殺して、雪が降ったあとみたいに静かにしないとお前の歌、聴こえねぇ。
お前の名前が、また聞けねえ。
獣の刃が視界の端から迫ってくるのが見えた。
無音になる瞬間、風きり音が刃に受けた煌く光とともに聴こえ、そして消えた。
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