雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 移動する車の中、俺は一番後ろの席を陣取りアンドロイドの有難い助言を踏まえ何本も煙草を吸いながら大佐の説明を思い起こしていた。全く冗談に聞こえない話しぶりと、冗談にしか思えない内容を。
 俺の無言をどう理解したのか前の席の三人は俺に話し掛けることはなく、いつものようにロンが喋り続け、時折、ホリーの打撃を食らって静かになり、また喋り始める、を繰り返していた。タブレットから車両ナビに転送された行く先が郊外にある医療センターだとわかってからは、専らロンとホリーはゾンビ兵士だの超人兵士をネタにじゃれ合いを続け、ブライアンは半自動運転のハンドルに手を掛けながら、ネットラジオから流れるOne(♪)を口ずさんでいた。
 俺は煙の向こうの三人を見ながら【E】と【F】と表示された、良く出来たフィギュアのような宙空投影を頭の中で回転させては晴れることのない悶々とした思いを煙と混ぜては吐き出し続けた。


■■■


 車を医療センターの駐車場に停め、警備に案内された地下にあるミーティングルームは開放的なリハビリ施設もある上階の様子とはだいぶ趣きが異なり内外の信号をシャットアウトしている閉鎖された空間だった。よほど外に聞かれたくない話らしい。
 俺たちが入室してしばらくするとスーツを着た男に案内された情報部の将校、そしてその部下が入って来た。彼らは席に着くと挨拶もなく「バレット博士、説明をお願いします」と一人壇上に立つスーツの男に下士官が言った。

「このデバイスはAZ(アズ)と呼ばれています」
 いくつかの映像を展開しながら説明を始めたバレットと呼ばれた男は軍の研究員じゃなくどこか外部の研究機関の者だろう。俺たち相手に丁寧な言葉を選んで説明するあたりがそれをうかがわせた。
「AZの構成要素は、おおむね人間と変わりはありません。特殊な技術で……その特殊性は、今は割愛しますが、生み出された生命体です。彼らが我々と大きく異なる点は、SYMBIOTIC‐AI、通称SAI(サイ)と共生していることです。このAIとの共生関係により、AZの能力は飛躍的に向上し兵器と成り得るわけです」
 人間と比較したデータが次々と展開され、博士は満足げに頷くと説明を続けた。
「今回皆さんに配備される【E】及び【F】は情報収集能力に長けたAZです。AZに個性があるわけではなく彼らに搭載されたSAIに特性があります。【E】と【F】の場合、彼らが持つ人間と同様、いえ同様以上の感覚情報は全てデータとして取得可能であり、それらをSAIが効率良く保存し人間のように忘却することもありません」
……ちょっと待て。
何だ。何の話をしている?
「情報収集任務において、任務完了後にデータを取り出す事が可能なのは無論のこと、遂行中においても特殊な方式での送信が可能、且つ傍受される恐れはありません。ストレージが破壊された場合は、その最後の瞬間を送信してくることでしょう。しかしSAIは自己防衛機能を有しており、宿主の機能停止など非常時には、アポトーシスを繰り返しながらおよそ48時間生き続けます。【E】と【F】を二体で稼働させるのはミラーリングを可能にする為でもあります。また、彼らに保存されたデータを部分的、或いは全てを消去、初期化することも可能です。余計なメタデータを貯めない為には定期的なクリーンアップを推奨致します」
 聞いてないぞ。
 取得したデータの送信が可能? 人為的エスパーとでも? いや、サイボーグか?
 あの男。今の俺の胸の内でも想定して鉄面皮の下で笑いながら概要だけに留めたのか?
「SAIは生身の体を有したAIと言え、人間の感覚器(デバイス)を通し学習します。それは一見、人間が成長するように見えますがあくまでプログラムであり、したがってリストア、リコンパイル、初期化が可能です」
 生身、と言うからATOMではないな。ジェットで空を飛ぶわけではなさそうだ。
 そうか。残念だ。
 ちがう。
 そうじゃない。そういうことじゃない。
 頼む。悪酔いの夢なら覚めてくれ。酷い二日酔いはごめんだ。
 俺たちは文字通りポカンと聞いていた。開いた口が塞がらないとは言うが、ご丁寧なレクチャーの最中、真っ正直に大口を開けるわけにはいかない。が、頭の中では最大に開口中だ。その俺たちの姿を最大限に履き違えた博士は、自身の技術力の説明に俺たちが陶酔しているとでも思ったのだろうか。更に専門用語を捲くし立てて語り、時折、悦にすら入っているスピーチだった。中身が透けて見えれば、さぞかし滑稽なシーンだったことだろう。全く営業に不向き、極大に研究者偏りなプレゼンが、いよいよDNAストレージ云々とまで波及を始めた頃、さすがにこちらも堪り兼ねたのか、俺たちを監視に来た将校が小さく下士官に耳打ちした。下士官は頷くとにべもなく饒舌な博士の御高説を寸断した。
「バレット博士。彼らに複雑な説明は不要です。理解出来るはずもない。ただ彼らは与えられた兵器を正しく使用し、任務を遂行することさえ出来ればいいのです」
 正式登用されても俺たちを蔑視する変わりのない態度に、今回ばかりは賛同しそうになった。見ろ。ロンとホリーは辛うじて黒目を保ってはいるが今にも泡を吹きそうだし、ブライアンはいかにも得心した風を装ってはいるが目を開けて眠っているだけだ。俺はと言えば、やはり酒を浴びるか今すぐにでも喫煙室、は、案内される途中に目に入った施設マップのどこにも存在していなかったから、車に飛び込んで肺を煙で満たしたかった。車の中で吸ったニコチンの量じゃとても足りない。
 渾身のスピーチを途絶された博士は、実に残念そうに「では、説明はこの辺で」と呟くと宙空投影を閉じ「実際にお目にかけましょう」と、いそいそと壇上を下りてミーティングルームのドアを開けた。

 白昼夢でも見ているようなプレゼンを後に、ミーティングルームより更に階下への長い通路を抜け案内された部屋は床も壁も天井も一面が白く、ついこの前、生まれて初めて食べた菓子職人が趣向を凝らしたと言うアートなケーキが入っていた箱を思い出した。だが今、開かれた箱の中身をのぞいた衝撃は、この俺でも軽い眩暈を覚えた程だった。何も白さに目が眩んだ訳じゃない。
 大佐の部屋で、ここへ来る前のミーティングルームで、宙空に映し出されたその姿をみるたびに夢ならさっさと覚めろと願う自分の前に蓋を開けた現実は、紛れもなく砂糖菓子の子供を二人、確かにそこへ立たせていた。
 二人をまじまじと見つめるホリーが <この博士、さっきから私たちを馬鹿にしてるんでしょうか。してますよね。殴ってもいいですか> と小さく舌打と歯を鳴らして俺たちだけに通じるチェック(Tsk-Token)でうかがいを立ててきた。
<落ち着け>と返答したものの、彼女の横で笑いをこらえるロンを殴ることは止めなかった。
 呆気にとられた俺たちを一瞥した菓子職人ならぬバレット博士に呼ばれた子どもたちは、手を繋いでこちらへやってきた。二人は静かに俺の前に立つと、恐ろしく綺麗な瓜二つの顔で俺を見上げてこう言った。全てを魅了するような極上の笑顔とともに。
「初めまして、ジム。僕は、エリック。こっちは弟のフレッド」
 俺はプレゼンの内容を頭の中でリプレイする。その共生AI、SAIは、脳の神経細胞ニューロンが著しく増加する時期でしか定着しない。つまり成長したの脳は使用できず未成熟の脳に移植する必要があるのだと。その為にこの子どもデバイスたちは作られ生み出されたのだと。

 俺は、神を信じていなくて本当に良かったと、この時心底思った。



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