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はじまっていた日 12:33~
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鈍い光を放つオカルト光線を目から駄々漏れさせながら呟き続ける梅先と、そもそも弧が下を向いた半円のような目を持つ紫野が、寒空にノー防寒、ノー喫煙、命令された目標は見つからず、自分の命の保証も危うい危機的ストレスから、目つきの悪さが禍々しく変化していったのは言わずもがな、そんな異様を通り越して妖異となった二人が次に向かったコンビ二で、昼時の補充をしていた店員は「いらっしゃいま……」客の姿を見ずとも気配でなかば反射的に発する文句をその背中越しに口に出そうとして、眼光は光れどもなにも映していない瞳で呟き続ける男をみとめると声を詰まらせた。そしてその隣の凶悪な目つきがちらりと自分を視界に捕らえたとたん「ヒィッ」と声を上げ冷たいショーケースに背中を預けた。目玉以外を動かせば通報レベルの二人組は、はた迷惑なオーラを撒き散らし、一つの商品も手に取ることなく店を出た。
外に出ると店の脇には灰皿が置かれており、数人のサラリーマンが身を寄せ合ってそれを囲んでいた。恨めしげに紫野が目を向けると、それに気付いたサラリーマンたちは吸引ペースをスパスパと上げて逃げるように去っていった。
「あ。そっか。俺、煙草買ってきますわ!」
まるで自分のためだけに開かれた喫煙スペースと言わんばかりの目の前に、紫野はパッと顔を明るくした。梅先の返事も待たずに出てきたばかりの店へ入って行った。
鼻歌混じりに煙草のパッケージを開き、火をつける。大きく吸い込んだ煙が肺を満たす。
「うまい! あーっ 生きてる! 俺、生きてるなー!」『お母さん! 俺、生きてます!』
鬼切から外に行けと言われたときには、隣にいる梅先に殺られるとばかり考えていたが、どうやらオカルトマニアは今それどころではないらしい。今朝の異常な暑さと首都圏にひしめく800万近いサラリーマンの足を混乱させた現象。それを超常現象として結びつけるため、こちらの世界とあちらの世界を行ったりきたり脳内を忙しく駆け巡り、自分のことなどとりあえず眼中になさそうだ。オカルト光線の真っ只中に自分がいなくて本当に良かった。お母さん……もう一度田舎の母に声を掛けた紫野は肺で満たされた胸を撫で下ろした。ニコチンによって放出されたドパミンが仕事をしたようで、諸刃の剣の快感が身体を巡ると、割烹着姿の笑顔の母がおたま片手に瞼に現れた。
『お、お母さん……』
不思議なことに紫煙に混じって母の作る味噌汁、お袋の味を思い出させる匂いまでもが瞼のおたまから肌寒い風にのってやってきた。ああ、この匂い……紫野は鼻をひくつかせた。刹那、盛大に腹が鳴った。けたたましい自分の腹の音に、脳内に咲いたドパミン花畑は消え去り、当たり前に過酷な現実、快感の喪失、上着の無い四月初旬の冷気、そして飢餓、耐え難い空腹が紫野を襲い目の前が暗くなった。だが吸い口近くまで寄ってきた火の先に、紫野は奇跡を見た。
外に出ると店の脇には灰皿が置かれており、数人のサラリーマンが身を寄せ合ってそれを囲んでいた。恨めしげに紫野が目を向けると、それに気付いたサラリーマンたちは吸引ペースをスパスパと上げて逃げるように去っていった。
「あ。そっか。俺、煙草買ってきますわ!」
まるで自分のためだけに開かれた喫煙スペースと言わんばかりの目の前に、紫野はパッと顔を明るくした。梅先の返事も待たずに出てきたばかりの店へ入って行った。
鼻歌混じりに煙草のパッケージを開き、火をつける。大きく吸い込んだ煙が肺を満たす。
「うまい! あーっ 生きてる! 俺、生きてるなー!」『お母さん! 俺、生きてます!』
鬼切から外に行けと言われたときには、隣にいる梅先に殺られるとばかり考えていたが、どうやらオカルトマニアは今それどころではないらしい。今朝の異常な暑さと首都圏にひしめく800万近いサラリーマンの足を混乱させた現象。それを超常現象として結びつけるため、こちらの世界とあちらの世界を行ったりきたり脳内を忙しく駆け巡り、自分のことなどとりあえず眼中になさそうだ。オカルト光線の真っ只中に自分がいなくて本当に良かった。お母さん……もう一度田舎の母に声を掛けた紫野は肺で満たされた胸を撫で下ろした。ニコチンによって放出されたドパミンが仕事をしたようで、諸刃の剣の快感が身体を巡ると、割烹着姿の笑顔の母がおたま片手に瞼に現れた。
『お、お母さん……』
不思議なことに紫煙に混じって母の作る味噌汁、お袋の味を思い出させる匂いまでもが瞼のおたまから肌寒い風にのってやってきた。ああ、この匂い……紫野は鼻をひくつかせた。刹那、盛大に腹が鳴った。けたたましい自分の腹の音に、脳内に咲いたドパミン花畑は消え去り、当たり前に過酷な現実、快感の喪失、上着の無い四月初旬の冷気、そして飢餓、耐え難い空腹が紫野を襲い目の前が暗くなった。だが吸い口近くまで寄ってきた火の先に、紫野は奇跡を見た。
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