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しおりを挟むそして二学期の中間試験が全て終わった昼休み。
いつも通り映司は教室で弁当を広げようとしていた。
すると普段は食堂に行くはずの春日が珍しく映司の向かい側に陣取り、手持ちのコンビニ弁当を取り出す。
春日は深い溜め息を吐きながら弁当を開ける。
「やっとテスト終わったな……。たぶん大丈夫だけど、テストの結果次第で俺の生死が決まるわ……」
「生死って、また大袈裟だな」
「生死に関わることだわ! 前回はただでさえギリギリだったし、成績が悪かったらラグビー部退部させられるんだよっ!」
映司と春日が在籍する二年A組はいわゆる特別進学科というクラスで、他のクラスと違い部活動所属には制限がある。
特進科では各教科で七割以下の点数を取ると赤点、更に赤点を三つ以上取ると部活動に在籍する者は強制的に退部にさせられる。
前回春日は二つの科目の赤点を取っており、ギリギリ強制退部は免れていた。
ちなみに映司は部活動はしていないがバイトをしており、こちらは一つでも赤点を取るとバイト禁止となるがこれまで赤点どころか各教科で九割を切ったことがない。
「でも今回のテストは俺も手伝ってやっただろ?」
「いやエージには感謝してるって。あの勉強会がなかったらマジで赤点三昧だったわ」
試験期間中、映司は春日や他の友人と一緒に放課後に試験対策の勉強会をしていた。
そのおかげで春日は以前のテストよりかは手応えを感じていた。
「でもエージは大丈夫なのか? 貴重な時間を俺とかの勉強に付き合わせちゃったけど」
「他人に何かを教えるってことはそれについて完璧に理解してないと案外難しいもんだからな。春日に教えることで俺自身の理解度が知れるし、むしろ有益な時間だったよ」
「ほーん。それならよかったわ。これでエージの成績が落ちたら俺もちょっと罪悪感あったし。ま、今回のお礼っちゃなんだけどデザートに羊羹やるよ」
「羊羹って、また渋いもんを……おいおい、どんだけあるんだよ!?」
春日は自前のカバンから五つほど羊羹を取り出す。
カバンにはまだいくつも羊羹があるようで、種類も少し違ったりしていた。
「あ、これか? 実は最近羊羹にハマっててな。部活前後のエネルギー補給とかでよく食べるんだよ」
「いや、それでも買いすぎだろ……そんなに食べて太らねえのか?」
「はっはっはっ、これぐらいじゃ太らねえよ。むしろこんなもんじゃ痩せちまうって」
その言葉にクラスにいる女子の半分以上が春日に殺気を放つ。
痩せるために好きなものを我慢する女子にとって春日の言葉は禁句だ。
しかしラグビー選手は一日に5,000kcal近く取らなければならず、春日のような高校ラグビーでもそれなりのカロリーが要求される。
なので春日に怒りや殺気を向けるのは適切ではないのだが、その辺を言わない春日はますます女子から勘違いを受けてしまう。
昼休みは教室に備え付けられているテレビが付けられて昼のニュースが流れていた。
そこでは今年プロ野球を引退した瑞龍選手がとある球団のコーチに就任したことが報道されていた。
「あ、瑞龍って選手こっちに来るのか」
「そうみたいだな」
瑞龍選手がコーチとして就任した球団は伊名瀬高校からそう遠く離れてない場所に本拠地を構えている。
地元に元メジャーリーガーが来るということで教室がちょっとザワついた。
「瑞龍って俺達が産まれる前からプロだったんだっけ?」
「そうだな。三年前まではメジャーでプレイしてたし、今年の成績も悪くなかったはずだけどまさか引退するなんて」
「エージ詳しいんだな。あ、中学の時まで野球やってたんだよな? そら詳しいか」
「まあ、な」
映司は何かを言いかけるが、それは弁当のご飯と一緒に喉の奥に飲み込んだ。
その後も二人は駄弁りながら食事を進めていると、春日は何かを思い出したような顔をした。
「そういや先週の土曜日にさ、可愛い女の子二人を見たんだよ」
「女の子? 別に俺は興味ないけど」
「まあ待てって。その女の子はここら辺じゃ全然見ない制服着ててよ、この学校に入るとこ見たんだよ」
「ふぅん。でもそれがどうしたんだ?」
「エージは察し悪いなぁ。見知らぬ制服の美少女がこの学校に来るってことはさ、その女の子が転入生かもしれないじゃん」
春日はもしかしたら美少女転入生が来るかも、となにか期待した目をしている。
それに対して映司は冷静にこう返した。
「でもここの転入試験って相当厳しいらしいぞ。普通科でもこの学校の生徒が全員受けて半数以上は落ちるとか」
「……え? それマジ? 一応この学校って普通科でもこの辺じゃ平均以上だろ?」
「俺も噂で聞いただけだからな。でも入学してから今まで転入生なんていなかっただろ?」
「そういえばいなかったような……」
「それにその美少女が転入してきたとしても俺達に関係ないだろ。このA組に来るかどうかもわからねえのに」
「バッカお前! 美少女転入生が来る=ラブコメの始まりだろ! 古今東西数々のラブコメがあるが、その中に美少女が転入して始まる作品がいくつあると思ってんだ!」
春日は立ち上がって熱く語り始めた。
それに対して映司はやはり冷たい目で春日を見て食事を続ける。
「知らねえよ。小説ならともかく漫画なんてここ最近読まないし」
「全く察しが悪いなぁ。つまりだな、美少女転入生が来るってことは俺がラブコメの主人公になる可能性があるってことさ!」
「現実を見ろよ。お前は今回のテストの結果次第じゃ退部もあるんだろ? そんな主人公いるのか?」
「あー……嫌なこと思い出させるなよ……良いじゃんかよ、少しぐらい夢見たって……」
春日は嫌なことを思い出したかのように苦い顔をしながら箸でご飯を口まで運んだ。
☆☆☆
その日の放課後、映司は試験勉強のストレス発散のために駅前まで出ていた。
駅前にある古本屋で安くなってる参考書と暇潰し用の小説を選んでいるうちにかなりの時間が過ぎていた。
スマホには妹達から帰宅を促すメッセージが届き、映司はすっかりと日が暮れていたことに気付いた。
帰り道の途中、駅前の映画館の前でとある女の子と目が合ってしまった。
眼鏡がトレードマークの美少女の雪奈はとても晴れた表情で映画の余韻に浸っていたが、映司の顔を見るなり無表情になって更にあからさまに不機嫌そうな雰囲気を醸し出す。
「雪奈さん、なにか映画見たのか?」
目も合わせておいて無視するわけにも行かず、映司はとりあえずそう聞いた。
雪奈はなにか後ろめたさがあるのか目線を逸らしながら答える。
「まあ、そんな所ね」
「もしかして今やってる恋愛映画? 俺も妹と今度行くことになってるんだ。雪奈さんから見てこれってそんなに面白いのか?」
映司の目線の先には件の恋愛映画のポスターや現在公開中の子供向けの特撮映画やアクション映画、更にはアニメ映画のポスターが並んでいた。
雪奈は眉をひそめながら映司のことを見る。
「妹と? もしかして貴方ってシスコンなの?」
「違う、この間の文化祭で一緒に回れなかったからそのお詫びで見に行くんだよ」
「いや、普通妹と一緒に文化祭は回らないと思うけど」
「そういうもんなのか」と映司は首をかしげる。
映司は以前から双葉から兄妹はこうするべき、と言われるがまま妹達に振り回されていた。
前から映司達は兄妹の仲が良いと言われることがあるが、シスコンと言われたのは初めてだった。
「で、あの恋愛映画はどうだった? 妹達も見たいって言ってたけど」
映司の質問に対して雪奈は右斜め上の方を見ながら答える。
「……面白かったんじゃない?」
「なぜ疑問形? 映画館から出て来た時、かなり笑顔だったろ」
「そうだったかしら? まあ妹さん達は楽しめると思うわ。男性の貴方はわからないけど」
「原作が少女漫画だしそんなものか。ま、妹達が楽しめるならそれで良いか」
元より妹達のリクエストで見る映画なので、映司は映画の途中で寝ないようにするかと心に決める。
「それより貴方、斗和とのデート大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫って、なにが?」
「身嗜みとか服装よ。変な格好で行ったりしないでしょうね」
「妹がうるさいからな。身嗜みや服装は大丈夫なはずだ。……てかなんでお前がそれを気にする?」
「大事な妹の初デートを嫌な思い出にさせたくないだけよ」
「斗和さんが告白したら振るのにか? それなら雪奈さんの方から言って、このデートを無しにしろよ」
「いえ、これも一つ斗和が成長するためよ。この歳まで男の子とデートをしてないのよ? この調子で大人になったら変な男に騙されるでしょ?」
雪奈の言う通り、斗和は変な男に騙される可能性が高いだろう。
今まで男性経験が全くない斗和は、初めて意識した男性である映司に夢中になっていた。
そのため雪奈は、斗和に男性経験を積ませて初恋かもしれない映司との関係を綺麗に終わらせたいという思惑があった。
「約束は違えないで。貴方は斗和に告白されたら振る、それまでは貴方は斗和の前ではできるだけ完璧を演じなさい」
「え? なんかまた要求増えてない?」
「気のせいよ。それじゃ、私は家に帰るから」
そう言い残して雪奈は自分の家へ向かった。
雪奈の後ろ姿を見送り、映司も家に帰ろうと一歩進むとなにかを蹴飛ばしてしまった。
映司はその蹴飛ばしたなにかを拾い上げ、雪奈の方を一度振り返ってからそれを自分の鞄へ入れた。
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