上 下
100 / 472
【 第二部 】 朱時雨

7.

しおりを挟む
 (だから。今は考えちゃだめだ)
 
 何度目になるかわからないその言葉を。
 冬乃は己に言い聞かせる。
 
 
 歓談の波が大きくなる頃。
 そして冬乃は、五人へ白米と味噌汁を装うため、そっと席を立った。
 
 
 
  
 
 
 


 冬乃は溜息をついた。
 
 波乱の夕餉も無事お開きとなり、厨房で片付けを終えた後、茂吉と明朝のしたくについて意識合わせをしてから外へと出たところで、
 
 昼間に顔を合わせたばかりの山野が、立っていたからだ。

 そういえば夕餉の席でも一瞬見かけたようなおぼえがあるが、それどころじゃなかったので挨拶も交わしていない。
 
 (ていうか何故ここに)
 
 「・・今夜はあけません、とお伝えしたはずですが」
 
 顔を見るなり言い放った状態の冬乃に、
 山野がにやりと笑った。
 
 「ちげえよ。それについては追々。今は、ちょいとサラシをわけてほしいの」
 
 「サラシ?」
 追々とはどういうことだと訝りながらも、サラシと言われて冬乃は、気になって聞き返していた。
 
 「ああ。俺の友垣に中村ってやつがいるんだが、そいつ先日の捕り物で怪我しててな。サラシを替えてやろうとしたらもう手持ちが無いんだ。予備の類いは女側の使用人部屋に置いてあるんだが、さすがに勝手に入るのも、と思ってさ」
 
 「そういうことでしたら」
 サラシは包帯として使われる。
 冬乃は、頷いて、冬乃とお孝のために用意されているその使用人部屋へと足を向けた。
 どちらにしても一度、部屋へ寄って小物を片付けるつもりだったので帰り道だ。
 
 (割と友達おもいなんだ?)
 横並びに行きながら、冬乃は隣の優男をちらりと見やる。
 すぐに視線に気づいたのか山野が、顔を向けてきた。
 
 「おまえ、・・こうして並ぶと俺と背、変わらないな。女にしては背あるよな」
 
 そのまんざらでもなさそうな声に、冬乃が少し首を傾げた先で。
 「細っこくて背の高い女、嫌いじゃないよ」
 と山野が口角を上げる。
 
 
 (・・平成では、普通サイズなんだけどな)
 
 「背高い女みると、征服欲ってやつ?燃えるんだよね」

 「・・・・」
 
 (マジ変な男)
 あいかわらずな山野に、そして冬乃は返事も面倒になって前へ向き直った。
 
 
 「で、おまえの想い人って誰」
 
 そこにまたも直球の問いが飛んできて、
 冬乃はもはや失笑して。
 
 「言うわけないじゃないですか」
 
 おもわず答えてしまった冬乃に、
 「そりゃそうだよな」
 山野が笑い返してきた。
 
 
 その、可愛いとしか形容できないほどの愛らしい笑顔に、不覚にもうろたえた冬乃に、
 
 山野が、昼間の時のようにまた不意に手を伸ばした。
 
 今度は避けようと体を引いた冬乃の、
 仕事の後で、片方の胸前へひとつにまとめて流したままの髪へと、
 山野の手のほうが先に届いて。
 なおも体を引いた冬乃から、山野の指に絡められた長い髪が梳かれて、さらさらと宙をなびいた。
 
 「俺、おまえを落とす」
 
 そして、あろうことか。
 とんでもない宣言が、投げつけられた。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

勘違いで別れを告げた日から豹変した婚約者が毎晩迫ってきて困っています

Adria
恋愛
詩音は怪我をして実家の病院に診察に行った時に、婚約者のある噂を耳にした。その噂を聞いて、今まで彼が自分に触れなかった理由に気づく。 意を決して彼を解放してあげるつもりで別れを告げると、その日から穏やかだった彼はいなくなり、執着を剥き出しにしたSな彼になってしまった。 戸惑う反面、毎日激愛を注がれ次第に溺れていく―― イラスト:らぎ様 《エブリスタとムーンにも投稿しています》

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ
恋愛
メルティーナは、人間と人獣が暮す国に、リュディック伯爵家の長女として生まれた。 十歳の時に庭園の片隅で怪我をしている子犬を見つける。 人獣の王が統治しているリンウィル王国では、犬を愛玩動物として扱うことは禁じられている。 メルティーナは密やかに子犬の手当をして、子犬と別れた。 それから五年後、メルティーナはデビュタントを迎えた。 しばらくして、王家からディルグ・リンウィル王太子殿下との婚約の打診の手紙が来る。 ディルグはメルティーナを、デビュタントの時に見初めたのだという。 メルティーナを心配した父は、メルティーナに伝える。 人獣には番がいる。番をみつけた時、きっとお前は捨てられる。 しかし王家からの打診を断ることはできない。 覚悟の上で、ディルグの婚約者になってくれるか、と──。

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

処理中です...