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嫌疑
44.
しおりを挟む(え・・)
まるで冬乃の心までを読んだかのような沖田の台詞に、冬乃は息を呑んだ。
「はい、無い・・です。此処しか、私には」
「それでは、逃げなさいと言っても、今の貴女では心もとないか・・」
沖田は何かを思案するような様子で、呟き。
「・・一時的に監視付きで逃がしてやる手助けぐらいならば、幾らでもできると思ったが」
(“今の貴女”・・?)
また、記憶喪失だと思われているのかもしれない。
先の冬乃の真剣な返答から、冬乃が嘘を言ってはいないことまでは分かってくれたのだとしたら、
今さしあたって、未来から来たと未だ信じ込んでいる可哀想な女、に話を合わせてくれているのだろうか。
まだ嘘つきだと疑われるよりかは、ずっといい、
(だけど・・)
「第一あの人は、一度こうと決めると強情で、なかなか覆さない」
零された言葉に、冬乃ははっと沖田を見返した。土方のことを言っているのだろう。
「貴女を本気で責問うつもりですよ。あの人の気が鎮まるまで、今は貴女を逃がしてやるぐらいしか」
「逃げたくてもできません。本当に、私には此処しかないんです」
「ならば貴女の言う“未来” にお帰りなさい」
「・・・」
もう未来でさえ帰れないかもしれないんです。
冬乃は心奥に、ぽつり答えていた。
あの時ここへ来ることを、彼の傍に在ることを願ってしまった。
願ったからこそ来れたと。
霧の開けてゆくなかで冬乃は、そんな想いがしたのを。覚えている。
でも、どちらにしても。
「帰り方は分からないのです。どうやって帰るのか・・」
「貴女は十日前にそこへ帰っていたでしょう」
「帰ろうとして帰ったんではないんです・・!勝手に・・気がついたら向こうに」
沖田が目を丸くする前、冬乃は縋る想いでそんな沖田を見つめ返した。
「本当に、私は未来から来たんです・・!お願いします、どうか信じて、そして土方様を説得してはいただけませんか・・」
(貴方しか、)
頼れる人はいないんです。
「・・・」
冬乃の必死な眼差しの先で。
冬乃に向かい、
「分かりました。貴女を信じて、みますか」
沖田が初めて、微笑んだのを。冬乃の涙にぼやけた視界が捉えた。
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