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うき世の楽園
180.
しおりを挟む落とした帯も袷も足元に。
最後の一枚の襦袢を肩から滑らせ、激しい鼓動に押されながら冬乃は肌を曝してゆく。
ゆっくりと、
「…ん…っ…」
背後からは冬乃の露わになりゆく肌を追い、愛でるように落とされる口づけと、
落ちゆく襦袢を追って左右のくびれの線を、掠るようになぞりくだる大きな両の手。
ぞくぞくと幾すじもの痺れが、冬乃の芯を抜けてゆき。
長く短い時を経て、
ぱさり。と、冬乃の襦袢は、そして足元の帯と袷に重なり落ちた。
ついに一糸纏わぬ冬乃の体へ、
背後の沖田を振り返らずとも、感じる視線に。冬乃は、苦しい鼓動の内で息を呑み。
「・・こっち向いて」
かけられた声にびくりと肩が揺れる。冬乃は片腕を両乳房の前に、もう一方の腕は体の中心へ下ろして、手で秘部を隠すようにしながら、おずおずと振り返った。
刹那に、
冬乃の体は抱き寄せられて。
「腕、抜いて」
そっと囁かれ。
冬乃は柔く抱かれたままに、素直に腕を抜いた。と同時に今度こそ深く強く、抱き締められた。
「……っ」
肌と、肌の感触が。どきどきと煩い心の臓とはうらはらに、冬乃を大きく安らぎで包み込むかのようで。
(あ・・・)
その初めて迎えた真のぬくもりは、
今たしかに互いを阻むものが、互いの肉体だけとなったのだと。
涙さえ出そうになるほどの実感で、冬乃の心を温めてゆき。
冬乃は夢中で沖田の背に回した腕を強めて、彼の胸に頬を寄せた。
時の隔たりも、勿論ここには無い。今だけは、
(こんなに)
温かい
まるで解かしてくれそうなほど。
あの氷のような疎外感が、
また、冬乃の心を覆ってきたとしても。
そんな錯覚にさえ。
「総司さん……」
この深いやすらぎは。
なにより冬乃の小さな心配などまるで、完全に解放してしまいそうで。
馴れ馴れしくしたら、わがままを言ったら、
そうやって想いをありのままに曝け出したら。
彼が冷めてしまわないかなどと、そんな不安など。
(でも、愛されてるんだから・・・もう恐れない)
冬乃は今一度、自身へ言い聞かせた。
(きっと、大丈夫)
たとえば、だから。
「また、お昼の…」
あのときの、冬乃の体の奥をその指で。
馴らしてくれた事。
いつか沖田を迎え入れることの叶うとき、
冬乃に痛みが少ないようにと。
「あれを…して……もういちど…」
こんなことを、想いの侭にお願いして。
はしたないと呆れられてしまうかもしれないけど。でも一方で、
どんな冬乃の想いも受けとめてもらえるような気がしていて。
それももう本当はずっと前から、沖田ならきっと受けとめてくれたのだと、
いつだって冬乃が、自信が無くて不安で。自ら引いていただけの事だったのだと。
「・・今?」
抱き合ったままの耳元で、くすりと微笑う息。
冬乃は顔を上げた。
そこに、
やはり冬乃の心配してきた反応なんて、全く無く。
(総司さん・・・)
「…うん」
大切にされて愛されている、
沖田からの、その深い愛情をいつでも感じてきながら。
冬乃の卑下も否定してくれて、あのとき『凄いというならお互い様だ』とまで沖田が冬乃を褒めてくれた事に感激しながら。
心のどこかでずっと、冬乃は実感が湧かなかったのだ。
自分がそんなふうに沖田に、褒めて認めてもらえるような、
愛してもらえるような。
価値のある人間だとは。
実の親からでさえ、愛されている実感など。もう長い間もてなかったというのに。
「いま…」
それを沖田が、ひとつひとつ、
解かし溶かしてゆくように。
冬乃の強張った殻を剥がしてきてくれた。
この剥がれて落ちた殻の内の、どんな生身の自分を曝け出しても、
きっと受け止めてくれる事を。
そして冬乃は、やっと。
「いま……して…」
信じられる。
「総司さん…」
互いの体も心も。
いま全てを曝して。
沖田に強く包まれ、
感じる、この深いぬくもりが。答えで。
ゆるぎない、彼の深い愛情の。
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