シンクの卵

名前も知らない兵士

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第七夜

42. 『彼ら』

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 大広間に、大きな楕円形のテーブルがあった。ゆうに三十人ほどは座れるのではないだろうか。一番奥に、身体に布を巻きつけたような格好で座る年配の男性が六人……いや八人いる。

「パルコ……?」

 すぐ近くの椅子に座る女の子がこちらを見て言った。

「アーク!」

「アークだっ!」

「よっしゃ……!」

 アークだった! 『ブルーブラックの明かり』はアークと再会したのだ。六人は口々に声をあげて喜びあった。

「どうして⁉︎ どうしてここにいるの⁉︎」

 アークが声を上げた。

「お父さんだ! お父さんが本の場所はここにあるって! ここにアークがいるって!」

「信じられない!」

 アークの目を見て、パルコは言った。

「君を地底に返したい」

 アークはパルコを抱きしめた。頬と頬をムギュッと引っ付けるほどだった。一瞬のことだから、何がなんだかわからなかったが、パルコはあわてて押し離して、顔を真っ赤にさせた。キキを横目でチラッと見たが笑っていた。

 奥の席でヒソヒソと声がしている。
 一番奥の真ん中の席に座る、とても偉大な人が言った。

「おやおや……面白いことが起きているようだ。今までで、こんなことがあったかね?」

 隣りの銀髪の男が、偉大な男に耳打ちする。

「ふむ。そうだろうね……ないよね。でも一つ例が増えたね」

 その瞬間、残りの七人の銀髪の人が、一斉に隣り合う人とヒソヒソ話を始めた。偉大な男が口を開いた瞬間、七人の銀髪の人たちは口を閉じた。

「用件を聞きましょう。地上の子らがここに来たのは、特別な訳があるのでしょう」

 すぐに隣りの銀髪の男が耳打ちした。

「ふむ。そうだろうね……。とても難しいやり方で、地上の構想家が君たちを送り込んだのだろうね。とても興味があることだがね」

 その瞬間、またしても七人の銀髪たちがヒソヒソ話に興じた。 
 パルコたちは、何なのこの人たち? という顔でアークを見た。

「『彼ら』よ」

 アークは言った。

「僕たち、アークを故郷に帰しに来たんです」

 七人の銀髪たちは、まだヒソヒソ話に身を投じていた。

「あの……! あのさっ!」

 ようやく、七人の銀髪たちの口が閉じた。

「アークを故郷に帰してください!」

 パルコは強く言った。偉大な男が口を開いた。

「彼女はね、『黄昏れる少女』だ。彼女は本の中で祈るんだ。祈ると願いがこの場所に届いてね、それを地上に下ろすか否か決めるんだ。大抵はすぐに現実にしちゃうんだけど、それは本のガイドが正しい方向に著者を導いてるのが前提なんだよ」

 そうなんだ……そういうシステムなんだ⁉︎ 五人は初めてそのことを知った。さらに偉大な男は続けた。

「こんなことはなかなか無くてね。本のガイドもいない、黄昏れる少女もいなくなれば、本の管理がずさんになるんだよ。それはさ、大昔に約束した、地上と地底のルールに反するんだね。さて、どうしようと思ってね。管理をやめることもできるんだが、地球の行く末を考えてくれた賢明な作家たちにも失礼でね」

 七人の銀髪たちは、再びヒソヒソ話を始めてしまった。

「あ~……また始まっちゃったよあの人たち……」

 アンテナが遠慮なく言った。

「アークは地底に帰りたいんです!」

 パルコは叫んだ。それでも、七人の銀髪たちはヒソヒソ話を楽しんでいた。
 閣下もアンテナもファーブルもキキも、もううんざりだった。こちらもヒソヒソ話が始まり、どうしようか考え出した。そしたら、ファーブルが思い出したように言った。

「アレは⁉︎」

「あーっアレか!」

 閣下の顔が輝いた。

「どれ?」

 アンテナが聞いた。

「アレアレ」

 キキがウキウキしながら言った。
 パルコは、にんまりしてアンテナに耳打ちした。

「なるほど、アレね」

 この時のためにあるんだと、パルコたちは思った。
 五人とも、声をそろえて言った。

「テーブルにつけ」


 その瞬間、七人の銀髪たちは一斉に口を閉じた。
 代わりに『ブルーブラックの明かり』を注意深く、なめるような視線で注視した。偉大な男の左側に座る銀髪の男が言った。

「次の議題だが『黄昏れる少女』を地底に戻すことに関してだ」

「さて、君たちの意見を聞いてみようか。ここに来た構想家の端くれならば、年端も行かぬことは関係ない。世界を変えるには、大人も子どもも関係ないのだ。誰か一人、代表で話してみてもらいたいのだが」

 五人はすぐに話し合って、パルコが話すことに決まった。
 パルコはアークの隣りの席に座り、四人は二人を取り囲むように背後にそなえた。

「本の管理はやめません」

 パルコは言った。

「となると、管理してくれるガイドがいないといけない」

「僕たちが本のガイドと交渉して、本に戻るよう話をします」

「ふむ。そうなると、願いを届ける『黄昏れる少女』が必要なのだが」

「『黄昏れる少女』は必要ありません。地底に帰りたくなってしまうし、アークは僕ら『ブルーブラックの明かり』の一員なんです。それに、アークはもう『黄昏れる少女』をやめることができるんです」

 七人の銀髪たちが、一斉にザワつき出した。中には、一体どういうことだと憤慨する者もいた。その様子を見ていた閣下が、パルコとアークに言った。

「なんか慌ててるな? 知らないっぽいぞ?」

 ファーブルが思い出したように答えた。

「ほら、アークと出会った時、すでに本の外に出てたじゃん? 『黄昏れる少女』が本の中で祈るから、願いがここに届くんだろ? でもアークはあの時、本の外にいたんだ。願いが、そもそもここに届いてないんだよ」

「じゃあ、地上に下ろすかどうかも審議されてないじゃんね」

 キキが鋭く突っ込んだ。

「だから、もう書きたい放題なんだよ。ガイドもいないし」

 アンテナが言った。

「パルコの親父が……『彼ら』をうまく出し抜いたんだ!」

 閣下が感嘆しながら言った。

「ふむ……そうだな」

 偉大な男が困ったように言った。

「本のルールを、ルールを用いて改変してしまったようだが、これには困ってしまうな」

「どうしても『黄昏れる少女』を本の中に閉じ込めたいんですね?」

「それが本のルールだからね」

 だが、もう本のルールは改変されたのだった。
 『彼ら』の困っている様子を見てとったパルコは、ヨハンセンから教わった良き交渉のルールを持ち出すことにした。パルコは提案した。  

「『黄昏れない物』を置くのはどうですか?」
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