シンクの卵

名前も知らない兵士

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第六夜

38. つよがり

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 『ブルーブラックの明かり』あてに連絡が入ったのは、三日後の午後だった。つまり典曜日の二日前だ。

 純喫茶ナウシャインの一番奥のテーブルに座っていたメンバー五人とヨハンセンは、朝からずっと待っていた。というのも、日本政府の役人で、ファーブルの父親である南十字から指示されていたのだった。

 店内の隅に使われてないピンク色の簡易公衆電話がある。それは、もはや電話のベルが鳴ることはないのだが、その日は鳴ったのだった。

 ピンク電話の前で、四人は受話器をとるパルコを見守っている。受話器をとると、すぐに電話交換手につながった。

「パルコ様ですね?」

「は、はい……!」

「アーク様とお話になられます。それではどうぞ」

「え?」

 カチンと音が聞こえて、誰かの息づかいが聞こえてきた。

「パルコ?」

「アーク?」

 同時に言ったみたいだった。パルコは嬉しさのあまり飛び跳ねた。四人と顔を見合わせてアイコンタクトを送った。四人とも喜んだ。テーブルの奥に座るヨハンセンにも合図すると、彼は親指を立てた。

「大丈夫かアーク⁉︎ ひどいことされてないか?」

 アークはケタケタ笑って、大丈夫だと返答した。

「ひどいことなんかされないわ、地底人は地上の人よりずっと平和的なの」

「あー、良かった」

「パルコ……わたし、わたし……故郷には戻れないかもしれない。でも大丈夫だから! 心配しないでね!」

 すぐにそれが強がりだと、パルコはわかった。

「…………」

 何て声をかけたら良いのだろう? アークは強がってる。

「僕たち秘密組織じゃんか? 何でも話しちゃえばいいんだよ? 言いたいこと言えばいいよ。全部聞いてやるから……」

 それしかできないのだから、だからパルコは、アークの心の痛みも分かち合いたかった。受話器からアークが泣く声が聞こえてきた。 

「ねえパルコ……わたし、やっぱりパルコの家に戻りたい。ママさんのご飯もっと食べたい。冷蔵庫に残してあるチョコパイ、まだ食べてないんだよ?」

「全部食べ物のことじゃん」

「ほんとだ。でも戻りたいって言ったよ」

「じゃあ、連れ戻しに行くから待ってろよ」

「え?」

「オレら『ブルーブラックの明かり』だから」

 これが、パルコができる最大の強がりだった。

「……わかった。待ってる」

 エヘヘとアークは笑ってる。
 それから皆んなに受話器を回して、一人ずつ話していった。キキは電話なら大丈夫なのか、泣きながら普通に話していた。アークは最後に皆んなに伝えたいといって、受話器を耳から話すよう言ってきた。

「交換留学、楽しかったぜえっ!」

 そうして電話が切られた。まるで、もう会えないような言い方じゃないか。パルコは泣くのを我慢していた。
 電話が切れた後、再び皆んなで話し合い、やはり廃工場に行くことにしたのだった。



 『ブルーブラックの明かり』はすぐに行動した。いや、何かしていなければ、メンバー全員、頭がどうにかなりそうだったのだ。何でもいい。行動しなければいけなかった。
 しかし、ヨハンセンの言った通りだった。

「君らが動けば、その行動は筒抜けになる」

 問題なのは、日本政府と地底政府から監視を受けていることだった。

 廃工場につながる山道の手前には、バリケードが設置されて通行止めになっているし、(多分)日本政府側の警備員がウヨウヨいて、簡単には山の中に入れさせてくれなかった。

「それでも確かめる必要があるんだ。今すぐにでも世界を変えなきゃいけない!」

 パルコが言った。 
 用水路の土手に座って、五人は考えあぐねていた。キキもアンテナも持参した水筒を両手で持って水分補給している。

「そうだな、もう一度廃工場に行って、本当に本が無くなっているのか確かめないとな」

 閣下が言った。

「どうやって?」

 アンテナが手の甲で口元をぬぐいながら、口を挟んだ。

「…………」 

「廃工場にオレらを行かせないようにしてるのは、きっとパパの指示だ。それでも、今日パルコの訴えを聞いてくれたのは奇跡だと思ってるけど……」

「……うん。アークとの連絡を取り持ってくれた。ファーブルのお父さん、優しいよ」

「…………」

 ファーブルは眉間にシワを寄せて黙りこくっている。
 結局どうしようもできず、メンバーは一時帰宅を余儀なくされた。



 もう明日が典曜日だった。
 アークのためにできることは、もうないのだろうか。パルコは空を仰いだ。

 街の上空にそびえる銀の逆卵は、相変わらず、底部にぽっかりと穴が空いていた。この前見た時より、穴はだいぶ広がっていた。アークは、地底世界への扉だと言っていた。

 踵を返して、パルコは自転車のペダルをこいだ。街中を脱出したいと思った。テレビニュースも人々も、この卵を取り上げるくせに、そのくせこれが何なのか知りもしないのだった。

 自転車に乗って風を切って、パルコは坂道を下った。入道雲がぐんぐんと成長している夏らしい夏だ。それを背景に、パルコは思い切りペダルをこいだ。走っても走っても、アークの顔は消えなかった。



 気がつけば河川敷にいて、堤防の上で高架線上を突っ切る新幹線を見下ろしていた。

 高架線下のトンネルの影に、黒光りの車が停まっている。運転席の人間が自分を見ていることにパルコは気づいた。自分が重要人物なんだと、初めて自覚した。
 秘密組織『ブルーブラックの明かり』を結成して、今日まで皆んなと一丸となって、本の謎解きをしてきたが、世界を変えることができる主人公なんだと、初めて理解したのだった。

 それなのに、何も変えれないなんて。何も解決できないただの子どもだと、パルコは思った。なんてつまらない物語の主人公なのだと、パルコは笑ってしまった。
 そんな時に、アンテナとファーブルがやって来た。

「電話したんだよ」

 とアンテナが言う。

「こんなとこまで散歩?」

 と笑ってファーブルが言う。

「引っ越しの手伝いは、午後からじゃなかったっけ?」

 とパルコが言った。

「そんなのはいいから遊ぼうよ」

 ファーブルが言った。

「ハハハ」

 パルコは笑った。小学生っぽかった。

「さっき声をかけたから、閣下とキキもこっちに向かってるよ」

 またファーブルが言った。彼は何かを吹っ切った顔をしていた。

「悔しいよ。何もできないんだよ?」

 パルコが言った。

「そんなことないよ」

 アンテナが返す。

「だってさー……」

 パルコがトンネル下の黒い車を見る。

「アイツら、オレらのこと、どこまで付いてくる気なんだろ?」

 ファーブルが言った。

「試して……みる?」

 アンテナが提案した。三人とも笑った。
 そんな時に、閣下とキキが合流する。奇跡の秘密組織だ。

 五人で円陣を組んでゴニョゴニョしてる様を、黒光りの車に見せつけた。それから五人は一斉に自転車に飛び乗って、風を切って堤防を駆け抜け始めた。外でタバコをふかしていた運転手は、慌てて黒光りの車に乗り込んだ。
 それを見た五人は、鮮烈な青空に高らかに笑い声を上げた。
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