シンクの卵

名前も知らない兵士

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第五夜

36. 最悪の日曜日

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 朝が来て、パルコは新鮮な風を入れるために窓を開けた。

 日曜日の朝は静かだった。
 二階の窓から見える近くの電線に、ツバメが二羽とまっていた。彼らは九月頃になると、日本を離れて暖かいマレーシアやインドネシアに向かう。これから南下するのだろうか? それとも南に向かう途中のツバメだろうか? パルコは得した気持ちになって、パジャマのまま階下に降りていった。

 いつものようにカレンダーに目を通して、今日の予定を確認した。

 当たり前だけど、典曜日がある世界だ。木曜と金曜の間にある日なんて嘘なんだ。でも、それが本当だったなんて証拠はない。

「本当は典曜日がない世界だったなんて、だれも覚えちゃいないんだ。僕だって、いつかそれを忘れてしまう気がする。だって、何不自由なく世界が続いていくんだもん」

 お父さんが死んだ日だって、翌日はちゃんと来たし。

 まだ朝早い時間だ。アークは寝ている。昨夜、閣下から電話があって、今日の早朝に閣下の家に行くことになっている。話がしたいって。パルコは自転車にまたがった。



「ファーブルって何者だ?」

 唐突に閣下が言った。

「えっ?」

「細身のスーツの男と一緒だったよな。アイツが南十字ってヤツじゃないのか?」

「閣下も見たんだ? 昨日のファーブル……」

「隣りにいたヤツは誰だ?」

「多分、南十字だと思う……。ファーブルと、どういう関係なのかは知らないけど……」

「それに、最初に会った時も何かおかしくないか?」

「おかしいって?」

「何で夜遅くに公園にいたんだよ? ファーブルはたまたま塾の帰りで寄ったって言っていたけれど……なんか出来過ぎじゃないか?」

「そんなこと言ったら、僕らだって十分おかしいよ。夜中に公園に集合してたし」

「ま、そりゃ確かに」

 閣下がそんなこと考えていたなんて意外だった。


 閣下と話した後、パルコはすぐに家に戻った。朝食を抜いて来たので空腹だった。玄関のドアを開けると、母親が不思議そうな顔をして来た。

「アークちゃんは一緒じゃないの?」

 世話のかかる地底人だと思いながら、パルコはついさっき停めた自転車にまた飛び乗った。確かにアークの自転車がない。パルコは胸がザワザワし始めた。



 パルコは図書館のある市街地まで自転車を走らせた。
 逆さまにした卵型の銀の球体……その底部に渦巻き状の穴が空いていた……!

 メインストリートには銀の逆卵を見学しようと多くの人が出ていた。パルコは人だかりにすれ違うたびに、アークが紛れていやしないかと捜し始めた。

「…いない……いないな…どこに行ったんだよ」

 悪態をつきながら、パルコの目は泳いだ。
 気づけば太陽が少し上がっていて、パルコは汗だくになっていた。セミの声も人々の声も、パルコの耳には届かなかった。自分の荒い呼吸音だけが響いていた。

 銀の逆卵の真下には、底の穴を覗こうと、たくさんの人だかりが出来ていた。

 アークが言っていたことが頭の中で繰り返される。

「地底世界への扉が開く時、夢がつながるって言われてるの」



 人だかりの中にアークがいた。
 パルコは自転車を交差点のガードレールに立てかけた。

「アークっ!」

 少年の叫び声がその場に響いて、アークはパルコの方を見た。それからアークの笑顔が炸裂して、少年もホッとした様子で笑った。二人は駆け寄った。

「アーク!」

「あれは『シンクの卵』よ! そして地底世界への入口だと思うの! 典曜日が終わる時に、きっとあれが閉じてしまうんだわ!」

 パルコが荒い呼吸を隠そうと、何か言おうとした時だった。
 聞き慣れた声がパルコの身体を引き戻した。振り返ると、そこにはハリウッドスターが満面の笑みで立っていた。

「ヨハンセン!」とパルコは喜びの名前を呼ぶところだった。その隣りには、細身スーツの男である南十字が立っていた。

「パルコ! 久しぶりだな! 元気にしてたかい?」

 パルコはたじろいだ。いつものヨハンセンなら、秘密のアダ名をみだりに使ったりしない。ヨハンセンは、どこかおかしい。

「どうした? そっちの可愛い女の子は誰だい? パルコ、君はプレイボーイだな」

 そう言いながら、ヨハンセンのこめかみから一筋の汗が流れた。

「こちらは私の友人なんだ。どうやら君の知り合いみたいなんだが……」

「桜井君、少し近くのテーブルで話しを聞けないかな?」

 南十字は冷めた顔で、パルコとアークの顔を交互に見る。ヨハンセンが割って入る。

「そういえば、手紙は届いたかな? つたない字で書いてしまったが、ちゃんとメッセージを読み込んでくれたかな?」

 そう言ってヨハンセンは、不自然に何度も右眼をまばたきしてみせるのだった。
 その瞬間にパルコは理解した。ヨハンセンが必死に危機を伝えていることを!

 手紙……「気をつけること」! わざわざ「読み込んで」なんて言い方はおかしい。ヨハンセンは、多分脅されているんだ!

「うん! ちゃんと読んだよ!」

 ヨハンセンは笑顔で、今度は左眼をまばたきしたあと、パルコの後方にある路地に目線を送った。逃げろってことだ! パルコは察した。

 それから、ヨハンセンは大げさに南十字に振り返り、彼の視界をさえぎった。
 パルコはアークの腕をつかみ、振り返ってダッシュした。後方から何か叫び声が聞こえてきたが、無視して路地に飛び込んだ。

 ここを抜けると確か図書館の裏手に出るはずだ。どうしよう? ミフネの家に一旦かくまってもらうか? 考えるヒマもなく後ろから南十字が追ってきた。

 図書館の裏手に出ると、スーパーマーケットのバックヤードが目に入った。トラックが一台停まっている。商品の仕入れの際に使う裏口があるはずだ。そこから店内に入って隠れようとパルコは閃いた。

 パルコとアークは歩道の縁石を飛び越えて、道路を横断して一目散にトラックに向かった。道路のセンターラインをまたぎった時、左右両側から来たノッポでダークグリーンのスーツの男女に取り囲まれてしまった。同時に、黒光りするセダンの車が急停車して横についた。

 パルコとアークは、腕をつかまれて身動き取れなくなった。が、パルコはノッポの男と眼を合わせ言い放った。

「テーブルにつけっ!」

 ノッポの男の動きが一瞬止まったかと思いきや、彼は言った。

「残念、本物の地底人なんだ。本に書かれた架空種じゃあない。勇気は認める」

 アークが車の後部座席に押し込まれたのを見て、パルコはなおもジタバタする。南十字も路地から出てくるのが見えた。力で押さえこまれ、パルコが観念した時、ノッポの男が急に倒れた。

「ファーブル!」

 パルコが叫んだ。ノッポの男は不意にファーブルに突進されて転んだのだ。ファーブルはパルコの手を取って逃げようとした。

「アークがっ」

 パルコが振り返った時、車のドアが閉められて黒光りの車は去ってしまった。
 アークがさらわれた。
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