シンクの卵

名前も知らない兵士

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第四夜

32. 再び侵入!廃工場の最奥へ

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 マンションの裏手から駐輪場に向かい、五人は自転車に飛び乗った。

「どうするっ⁉︎」

「これから向かうの⁉︎」

「仕方ないだろ⁉︎」

「クルックー(キキの鳩マネ)」

「廃工場に向かおう!」

 今こうしてる間にも、何者かにつけ狙われている可能性があった。一度自宅に帰ったとして、メンバーそれぞれの家で待ち伏せされているかもしれない。
 ユニコーンの帽子の青年が言うように、今しか廃工場に入るチャンスは無さそうだ。 



 市街地を抜けて、すぐに田園風景が現れた。
 その手前に、水神を祀っている神社がある。五人は鳥居の前で神社に向かって一礼してから、隣りにある滑り台とブランコしかないみすぼらしい公園で打ち合わせした。

「パルコ、ライト持ってるか?」

 閣下がパルコに確認した。

「ヘッドライトとペンライトなら、いつもリュックに入れてる!」

「よし! オレもキーライトがある、ペンライトはアンテナに渡せ! ここから目立たないよう行動するため三班に分けるぞ! 今から班分けする!」

「オイっす!」

 アンテナとパルコが元気よく返事をした。ファーブルも遅れて言った。いつも緊急事態は閣下が指揮をとる。

「一班、パルコ・ファーブル!」

「オイっす!」

「二班、アンテナ・キキ!」

「オイっす!」

「三班はオレだ! サイクリングロードと田園ロードと住宅地ロードの三ルートで行く! 各自現地に着き次第、廃工場に進入! 『不必要の部屋』に入って流れに任せろ!」

 ラストのセリフで五人は盛大に吹いた。もうこうなったら、目一杯がんばって身を任せるしかないのだ。

 また、もし誰かにつけ狙われていることがわかったら、廃工場には向かわずに自宅で待機すること、待機者は皆んなの家に電話して、急きょ決まった夏休み勉強会と花火大会(閣下の自宅で開催)の予定を伝えることが決まった。 

 神社で三班に分かれ、各班が廃工場に向かった。パルコはペダルをこぎながら、すべてがうまく行くようにと、心の中でさっきの神社の神様に祈った。




 パルコとファーブルが鉄骨だけ看板に到着した時には、あたりは薄暗くなっていた。西の空には、かすかに夕焼けの残骸のように染まった雲があるだけだ。

 二人はまだ誰も来ていないことを確認して、茂みの裏に自転車を停めた。

「静かだな」

 ファーブルがつぶやいた。

「ほんとだな」

 そう言って、パルコはヘッドライトを装着してライトを点けた。
 心もとない一つの光源が夜道を照らした。二人はしばらく無言で足早に歩いた。誰にも尾けられてきてはいないようだった。

「もし『不必要の部屋』に入ることができたらどうする?」

 ファーブルがささやき声で言った。

「……わからない。でも、お父さんが書きたかった話を確かめなきゃって思うんだ。ね、地底人と交流する世界ってどう思う?」

「……面白そうだとは思う」

「ファーブルも書くだろ? 転校しないって」

「うん、オレも書くよ」

「前に一人で入った時も、閣下たちと来た時も、裏の非常用階段から入ったんだ。近道だからさ。でも、入室の条件が近道しないことだったら、って思うんだ!」

「わかった。最初来た時と同じように事務所から入ろう」

「うん!」

 二人の歩く砂利道のデュオが止まり、足下は荒れたアスファルト舗装に変わっていた。眼前に大きな黒いシルエットがそびえている。
 いつの間にか月明かりが照っていた。ヘッドライトを消して、二人は事務所の入り口に忍び足で向かった。
 誰もいないようだった。

 パルコは後ろを振り返り、閣下やアンテナやキキが来る様子がないことを確認してから、ファーブルの顔を見て廃工場に侵入した。ファーブルのノド元からゴクリとツバを飲み込む音が聞こえた。


 事務所を抜けて、真っ暗な渡り廊下を一人分のライトだけで進んだ。T字に差し掛かり、左折し、作業用機械たちの墓場を抜ける。パルコとファーブルの足音だけが作業所に反響する。

 前と同じだが、今日はファーブルと一緒だった。二人なら恐怖も半分だけだとパルコは思った。ベルトコンベアを何度も越えて、二人は急いで駆け抜けていった。

 両扉を開き、二階へとつながる階段に向かい、階段前の踊り場の窓から照射している月明かりでホッとする。二人は呼吸を整え、誰かが追ってきてはいやしないかと耳を澄ませた。今この時も、二人は同じことを考えている。

「誰も来ないな」

「うん」

 パルコとファーブルは、恐る恐る、静かに、音を立てないように階段を上がった。そして、確認した。

 やはり、暗闇に浮かぶドアの隙間から、こぼれた灯火のオレンジの光を確認した。ファーブルと顔を見合わせ、パルコは嬉しくなった。

 ゆっくりとドアに近づき、耳をそばだてる。何の音も聞こえない。人の息づかいも、衣のすれる音も、足音も。誰もいないようだった。パルコは再びドアの隙間から部屋の中をのぞいた。古びた木製の机と椅子、椅子の背もたれの縁取りの葡萄の蔦のような彫刻、ランプの光で夕日色に染められた細身の腕……細身の腕?

「人影だ……」

 心の中で叫ぶパルコは、驚きの表情でファーブルに顔を向けた。

 室内に、何者かがいることを悟ったファーブルも、驚きの顔を浮かべた。ヒヤリと汗がにじみ出る。ほんの少しの沈黙のあと、二人は引き返すこともできず、話を進めるために決意した。パルコは静かにドアを開いた。

 古びた机のはす向かいに、ヴァーミリオンのランプに照らされた女子が立っていた。
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