シンクの卵

名前も知らない兵士

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第四夜

28. 国際郵便

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 入道雲が紺碧の青空をバックにして、まるで轟音をとどろかせているかのように迫り上がっている。

「あのまま大気圏を突き抜けたら面白いのになあ」

 なんてこと考えながら、パルコはソーダ味の棒アイスを口にくわえた。パルコは自宅ポストの口に手を入れて、手紙が来てないか確認した。国際郵便で一通の手紙が来ていた。

「ヨハンセンからだ!」


 パルコへ
  きみとみんながげんきでいること
  をいのってる。わたしはげんきだ。
  つきましては、もうすぐ日本へいく。
  けんこうとはってんをねがって
  る。また、かいぎのばしょで会える
  ことをたのしみにしている。きみたちの
  ともだちのヨハンセンより


「ヨハンセン、ひらがなで手紙書いてくれてる! 来日するんだ! やった!」

 パルコは、いてもたってもいられず、急いで出かける準備をして、いつもより早いが純喫茶ナウシャインに向かった。
 ナウシャインに着くと、珍しくファーブルがすでに着席していた。

「ね、ヨハ……」

「オレ、転校する」

「は?」

「今、じいちゃんとばあちゃんの家に居候してるんだけど、もう居られなくなった。親の海外転勤が決まったから、オレもついていくことになったんだ」

「嘘だろ?」

「マジだから。この夏休みまでだ」

「マジか……」

「……」

「でも……良かったね。家族で暮らせるんじゃん」

「……良いことなんかないよ」

「……」

 パルコはうつむいた。ファーブルもだ。やがてファーブルが口を開いて言った。

「生まれて史上、最高に面白い夏休みだった。こんな冒険オレの人生になかったんだ。こんなこと、世界でオレらだけだぜ? 『不必要の部屋』の謎を解明したかったけどね」

「解明しようよ……」

「できないって」

「…………」

「そうだ、このことはまだ皆んなに内緒にしといてよ」

「何でだよ……?」

「予定が変わるかもしれないだろ?」

「え? 変わるの?」

「変えたいんだ……!」

 ファーブルの目に力がこもっていた。それを見たパルコの目も輝いた。

「そうだよ! 『シンクの卵』だ!」

「オレも世界を変える……!」

 席についていたパルコは、勢いでその場に立った。ファーブルも合わせて、テーブルを挟んでその場に立つ。

「『不必要の部屋』を見つけなきゃ!」

 パルコはそう言って、手を差し出した。

「うん!」

 二人の間に固い握手が交わされた。同時にナウシャインの扉のベルが鳴って、秘密のメンバーが入ってきた。今日もユニコーンの審議会が始まった。

「朗報がある! ヨハンセンから手紙が届いたんだ!」

 皆んなからワーッという声が上がった。店の奥のポニーテールの女性からキッとにらまれ、あわてて静かになる。パルコは手紙を出して皆んなに見せた。

「きったねえ字だな。ほとんどひらがなじゃん」

 笑いながら閣下が言う。

「気を使って日本語で書いてくれたんだよ」

「健康と発展を願ってるって……笑える! 早く来ないかな!」

 アンテナが嬉しそうに話す。
 キキがパルコに耳打ちした。同時にファーブルも奇妙な顔をしている。

「何かおかしいなあ」

「頭文字だけ横読みすると? だって……?」

 パルコがキキの声を代弁した。
 アンテナが声に出して発音する。

「き・を・つ・け・る・こ・と」

「!」

「気をつけること……⁉︎ え? これって偶然?」

「偶然……じゃなさそうだな。文章の途中で不自然に行替えしてるし」

 閣下が言った。

「何かあったのかな?」

「遊び半分……じゃやらないだろ」

 ファーブルがいぶかしむ。

「警告かもな……だろ?」

 閣下がパルコに同意を求める。

「確かに……あっちの状況はわかんないけど、詳しく手紙に書いたり電話できなかったりするのかも」

「ま、近いうちに来日するって書いてあるしな。でも、よくわからんが気をつけよう」

 これには皆んな同意見だった。誰かが『ブルーブラックの明かり』をつけ狙っているかもしれない。


 話題はユニコーンの帽子の青年のことに移っていた。
 彼は確かに言っていた。

「彼は一週間を八日間にしていない。典曜日を作り上げた犯人じゃなかったんだ」

 パルコは言った。

「じゃあ、一体誰が作ったの?」

 アンテナが言った。
 今度はファーブルが、パルコをじっと見つめてから言った。

「考えられることは三つだな。一つはユニコーンが言う通り誰かが書いた。一つはユニコーンが誰かに書かせた。もう一つはパルコの……」

 そう言いかけてファーブルはパルコの方を向いた。だからパルコも気づいた。

「僕の……お父さんがそもそも書いていた……?」

 ファーブルはうなずいた。

「ヨハンセンの言ったことが本当なら、本のガイドは嘘はつかないよな。だとしたら、ユニコーンが誰かに書かせた可能性はなくなるんじゃないか? 誰かに「書かせた」なんて、自分が典曜日にしたと同じ意味だと思うけどな」

 閣下が言った。

「うーむ……」

 アンテナがうなる。

「誰かが書いたんなら、また書くかもしれないな」

 ファーブルがポツリと言った。
 パルコは思った。誰かが書いたことは間違いない。
 その人は、僕らと同じ特別な秘密を持っているはずだ。そう……『世界を変えるための不必要の部屋』に入って、世界を変えたはずだ。

 今日もユニコーンの審議会で決議をとった。ローテーションで議長役を務めるアンテナが、どもりながら言った。

「でっ、では来週から八日間、夜中の廃工場を監視することにする……!」
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