シンクの卵

名前も知らない兵士

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第三夜

24. あすなろ書店で

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 ユニコーンの帽子の青年は、「あすなろ書店」で立ち読みしていた。

 純喫茶ナウシャインの帰り道にある本屋を通りがかった時だった。パルコがヴァーミリオンの帽子をウインドウ越しに発見したのだった。

 五人は相談して、まずパルコが声をかけて様子を見ることにした。で、ヨハンセンが言っていた「本のルール」を試してみる。それで逃げられたら、外で待ちぶせているメンバーが追跡して、青年のアジトを突き止める作戦だ。

 パルコは五人にアイコンタクトを送り、書店の自動ドアをくぐった。

 青年は地理学や環境学、歴史文化などをテーマとする海外の雑誌を熟読していた。
 黄色の表紙が特徴的で、綺麗な写真や絵を多用しているので、パルコもたまに読むことがあった。

 パルコは、今まで必死に彼を捜索していたのがバカみたいに思えてきて、メンバーに申し訳ないようなホッとしたような、なんとも言えない気持ちのまま声をかけた。

「あのう……僕のこと覚えてますか?」

「……ああっ君か! ずいぶんと優しく声をかけるんだね」

 ユニコーンの帽子の青年は雑誌を閉じて本棚に戻し、まるでこの日を待っていたかのように少年へと向き合った。

「僕、あなたを捜してました」

 二人の視線が合った。言うなら今だ、とパルコは思った。

「テーブルにつけ」

 青年が想定外の驚きの顔を見せたと同時に、不思議なことに周りの風景が無くなり二人は闇の中にいた。二人きり……二人ぼっちと言った方がいいだろう。青年とパルコは別次元の中にいると思われた。それはたった一瞬のことだった。
 周りは元の場所、あすなろ書店だ。一瞬何が起きたかわからないが、先に口を開いたのは青年のほうだった。

「驚いたよ。まさか君に教えてないのに『本のルール』の先手を打たれるなんて。君には助言者がいるんだね? それとも、手帳に書いてあるのかな?」

 そうなのか? 本来ならば『本のルール』を教えてくれる役を持つ者は、本のガイドなのか! パルコはヨハンセンに感謝した。

「『シンクの卵』のことだろう? わかるよ。でも残念だ、ボクは本のガイドをやめたんだ。君が『シンクの卵』から解放してくれたじゃないか」

「それはそうなんだけど……僕は父のやろうとしていたことを知りたいんだ。あなたに本の役目があるなら、僕に教えてほしいんだけど」

「うん、君は優しいしボクと似ているし、きっと仲良くできると思うんだ。けれど、ボクはそれに対して抗いたいと思ってしまっているんだ。どういうことかわかる?」

「……わかりません」

「うん。ボクは『シンクの卵』を引き継ぐ著者のために、今まで本の中に留まっていたんだ。それはわかるだろう? 後衛の者のためにボクは役目を与えられ、それを遂行するよう生命を吹き込まれたと言っても良い。わかるかな?」

「うん。だから、あなたは僕に『シンクの卵』を説明する義務がある」

「その通り。しかし君は、その義務からボクを解放するルートを創り出してくれたんだ! とても僕じゃ思いつかない発想でね!」

「そんなつもりであなたを本の中から出したんじゃないよ。ただ……」

「ただ? ……ボクに同情したのかな? ボクが哀しい存在だと思っていたのかな?」

「ちっ違うよ! 違うと思うけど……僕、そんなに深く考えてなかったんだ。あの時、ちょっと思いついただけなんだ……」

 パルコは不安になってきた。
 ヨハンセンが言っていた。テーブルと椅子があり、ゆっくり話す環境が重要だと言うことが頭をもたげてきた。それもそのはず、書店にいるのは僕らだけじゃなく、他のお客さんもいるのだ。僕らの話はつつぬけだ。

 少し離れた場所で、ファーブルが心配そうにチラチラ見ている。読むつもりもない「ゲーム通信」を盾にして。

 青年はパルコの目線先を急に振りかぶり、ファーブルに目を合わせた。慌ててファーブルが雑誌で顔を隠した。

「ふふ……」

 ユニコーンの帽子の青年は、帽子を深くかぶり直した。そしてツバの影から地球の眼を覗かせて、パルコの眼をじっと見た。

 パルコはゾッとした。それでも、パルコは青年の顔を背けようとしなかった。

 眼は「魂の窓」と呼ばれる。魂と魂が炎の揺らめきのように二人の間をそば立てた。

「ボクも思いついただけさ。もし本のガイドがその役目を果たさずに『シンクの卵』を使うことができたのなら……コレに振り回される連中はどんな顔するんだろう、ってね」

「あなたは本に書くことが出来ないって言っていたけど……?」

「君のおかげなんだよ。ボクは、もっともっとこの世界で勉強したいんだ。君が解放してくれたおかげでね、こんなにも可能性があることを知ったんだよ! パルコ、そう……パルコのおかげだ。だからボクも、パルコのためにこんな可能性もあるってことを君に示してあげたいんだ」

「そっ、そんなのはいいよ! 僕は、僕のお父さんのことを知りたいんだ!」

 声を荒げたパルコに気付いて、書店員がこちらを見にきた。パルコは書店員に目を取られ、青年から目を離してしまった。再び青年の顔に注目した時は、帽子のツバが視線をさえぎった。

「つまんないな」

 ユニコーンの帽子の青年は、冷淡にパルコに言い放ち、パルコの横を通り過ぎた。

「まっ、待ってよ!」

 青年はあすなろ書店の入り口をするりと抜けて、流れるように階段のポーチを降りた。それをパルコが急いで追った。

「典曜日を作ったのは……君なの⁈」

 パルコはなかば叫んだように、青年の背中に向けてその疑問を投げ打った。

 青年はくるりと向き直り、パルコに言った。

「ボクじゃない。君の言う通り、ボクは本に書くことができないんだ」

 それからまた向き直り、青年はかっ歩し始めた。

 あすなろ書店の出入り口で青年を見送ったパルコは、彼の歩く先にある十字路の交差点で、閣下が自転車にまたいで待ち伏せしているのを確認した。さらに、その先の歩道橋の上にはアンテナが控えていた。キキは青年の進行方向とは逆の交差点にいた。今、赤信号から青信号になったので、パルコと合流するため横断歩道を渡り始めている。

 パルコは彼が言った言葉を反すうした。

「もし本のガイドがその役目を果たさずに『シンクの卵』を使うことができたのなら……コレに振り回される連中はどんな顔するんだろう……」

 まるで楽しむかのような物言いだとパルコは思った。父親から送られてきた手紙から、確かに変な物語が始まったが……。

「でも振り回されてばっかりだ……」

 そこに駆けつけたファーブルが来て言った。

「プランBだな」

 パルコは、また一つため息をはいて自転車にまたがった。

「うん、阻止しなきゃ」
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