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第ニ夜
22. その物語の後継者
しおりを挟むヨハンセンはパルコの目を見つめて言った。
「パルコ、君のお父さんが書いた物語は君に引き継がれた。いや、君だけではない……『ブルーブラックの明かり』に引き継がれたのだ。正確に言うと、著者だった者の次に書いた者が引き継ぐことになっている。幸か不幸か……あの夜『不必要の部屋』に入って本に記したのは君たち五人だ。その時から、著者の権利は君たちに委ねられているのだ!」
一同に緊張が走った。
「君たちは『不必要の部屋』に入室することが許される。そしてパルコの父親である桜井秋が書いた物語の続きを書かなければならないのだ」
「物語の続きを……書く? 僕らが? どうして?」
パルコは、今度こそ父親の秘密を暴こうと決めていた。
「それは『シンクの卵』を引き継いだからだ。誰でもいいってわけじゃない」
「父は……一体何をしようとしていたんですか?」
店内は一番奥のテーブル以外、もう誰もいなかった。
ポニーテールの女性が、冷たいバナナミルクを持ってきた。ビールのように泡立っている冷たく甘いバナナミルクだ。それをファーブルの目の前に置いて、さっさと立ち去った。
「『シンクの卵』は大昔からあったとされている本だ。そこに書かれている一つの物語は、時代に選ばれた時の作家たちによって書き連ねられた。それが現実になっているのだ」
ユニコーンの帽子の青年も同じことを言っていた。彼は、『シンクの卵』は地球が滅ぶ物語なんだと言っていた……パルコは黙っていた。
「私は話の内容は知らないが、親交ある秘密の作家たちの噂話しによれば、桜井秋という一人の偉大な作家が、その一つの物語に終止符をつけようとしている、ということだ」
「お父さんが偉大な作家だって⁈ 自分のことを三流作家だって言ってたけど……」
パルコがびっくりして言った。
「ま、売れてねえしな」と閣下が付け足して、それを聞いたパルコがムッとした。
「フフフ……すべての偉大なる作家が有名人で売れているわけではない。わかるかい? 立派な人間すべてが人生の成功者になるわけではない、それと同じことだよ。私の俳優業だって、たった少しの運があったおかげで、他の俳優と大きな違いはないのだよ」
「僕らが……父の話の続きを書いて物語を終わらせる?」
「そうだ。どんな物語なのか私にはわからないがね。けれど大丈夫、私や君たちの多くの味方がいつも見守っているから」
「味方……? 秘密のことなのに?」
ファーブルが言った。
「ファーブル、君は察しがいいな。その通りだ。私が言う味方というのは、桜井が引き継ぐ者のために用意した人たちのことを言っている」
パルコの頭の中に一人の顔が浮かんだ。
「お父さんは僕に、本の物語を終わらせようとしていたの? 小学生なのに?」
「物語を書くに値する者であれば、小学生だろうが大人だろうが関係ないさ。桜井は、例え君が物語を継がなかったとしても、次の人間に渡せるような仕組みを作っていたはずだ。あるいは、元々そういう仕組みなのかもしれないが」
「…………」
「しかしパルコ、君は見事に試験を突破した。私を感動させるには、シンクの卵を使用する以外に方法はなかったはずだからね。本のそばには君の味方がいたはずだ。そう、本のガイドがいたはずだ。これからやることは彼に聞くといい」
『ブルーブラックの明かり』はそれを聞いて固まった。そして、メンバー全員が気まずそうにパルコに目線を送った。五人の雰囲気が妙なことに、ヨハンセンは不思議がった。
「んん?」
四人は苦笑いをするしかなく、パルコの発言を待っていた。
パルコは、あの夜に彼を逃してしまったことをひどく後悔した。「どっか行っちゃったよ」と言うより前に、キキがパルコに耳打ちした。
「ワロタ……」
パルコが代弁し、テーブルに静寂が流れた。
今日も「純喫茶ナウシャイン」の一番奥のテーブル席に『ブルーブラックの明かり』のメンバーが集まっていた。土曜日の朝、開店時間と同時に店に入ったのだ。常連の客がチラホラいる。ポニーテールの女性はにこやかに注文を取っている。
アンテナがあくびをして、つられてパルコとキキもあくびをした。
ヨハンセンは黄色地でヤシの木をモチーフにしたアロハシャツを着て現れた。
キキがパルコに耳打ちする。
「急にラフな格好だな」
パルコが気だるそうに代弁した。
「やあ、朝早くから集まってもらって悪いね。君らはもうすぐ夏休みだろう? 休みに入る前に伝えておこうと思ってね」
「僕ら基本的に暇だなあ」
アンテナが言う。誰も否定はしない。
「僕らは一体誰と交渉しなきゃいけないんですか?」
パルコはすぐに本題を聞いた。好奇心を抑えきれなかった。
「『シンクの卵』に書き連ねられている住人たちさ。君が解放した青年も、本の住人だろう。君は本当にたまげたことをやるんだね、まったく笑っちゃうよ」
「……」パルコは下を向いた。
「まあ、頑張って探してみるといい。いずれ彼と交渉しなければならないだろう。良き交渉をね」
「え? 交渉……?」
今まで何度かヨハンセンから「交渉」が大切だということを教わってきた。それによると、話し合いに参加している全員が満足いくように歩み寄ること、これが良き交渉らしい。
それを自分たちだけでできるのかパルコは不安だった。これまでどこか他人事の気がしていた。交渉というものが、大人がやる面倒くさいことの一つだと思い込んでいたからだ。
ヨハンセンは、そんなパルコを見通してか、話し出した。
「本のガイドといえど、本の住人として役目を果たさなければ物語はちっとも進まない。会って説得して本の中に戻ってもらうべきさ」
「はい……」
「それに、本のガイドは決して嘘はつけないと言われている。連綿と続く本を引き継ぐ著者を導く存在だからね。だから、話し合いのテーブルについてもらわなきゃならない。交渉を難しいことだと思っているようだが、話すべきことを話すのが肝心だ」
「そんなこと言われてもなあ……」
パルコは口ごもった。
「そんな簡単に話し合いのテーブルにつくかなあ」
アンテナがつぶやいた。
「本の住人はテーブルにつかなければならないのだよ。そして、それは逃れられない行為なのだ。これは……君たちが知らない時代から始まり、その古くから続いているルールなのだよ」
メンバー一同は、キョトンとしてヨハンセンを見つめた。
「やり方があるんだ、こうだ」
ヨハンセンはそう言って、真向かいに座るアンテナを交渉相手に見立てた。
「目と目を合わせてから、こう言うのだ。『テーブルにつけ』と」
アンテナは一瞬ビクッとしてたじろいだ。
「はあっ? それで相手がテーブルに座るっての?」
閣下が早口で質問した。
「そうだ。本の住人は、それでテーブルにつくのを拒めないのだ」
「ほんとかよ?」
閣下はまだ反論したそうだったが、ヨハンセンの真剣なまなざしにひるんだようで、それ以上何も言わなかった。秘密メンバーはお互いの顔を見合わせた。
ファーブルが口を開いた。
「何にしろ、まず、ユニコーンの帽子の青年を見つけなきゃな」
パルコはため息をついた。
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