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第ニ夜
21. 大切なものが無くなるルール
しおりを挟む「僕、みんなに黙ってたことがあるんだ」
クライミングネットの屋上で、四人は丸太に立って、手すり代わりのサイドロープにつかまりバランスを取っていた。
「虹色の傘のことだろ?」
閣下が言った。
「うん……。雨傘図書を利用した日の夜、僕……また廃工場に行ったんだ。で、また本に書いたんだ。お父さんは実は生きていて……虹色に輝く傘がぶら下がる部屋にいるって」
「フタを開けりゃヨハンセンの親父だったってオチか」
「ごめん……」
「何で謝るんだ。誰だって、大切な人が死んでしまったら会いたくなるもんだろ?」
閣下は優しく言った。
「それより、ちゃんと秘密は忘れずに共有してよね」
アンテナが付け足した。
「ほんとう、ごめん」
キキがすかさず耳打ちして、パルコが代弁する。
「勝手に突っ走らないで……」
パルコは苦笑して皆んなと目を合わした。
閣下もアンテナもキキも笑った。
パルコは、ユニコーンの帽子の青年を解放したこと、昨日の廃工場で起きたことをすべて話した。
アンテナが目をキョトンとさせて言った。
「……ってことは、そのユニコーンの帽子の人は、パルコが一人であの部屋に来るのを待ってたってこと?」
「うん。僕が部屋に来る時だけ、その人は存在するって、確かに言ったんだ」
「これではっきりした! そいつはパルコの親父さんが『シンクの卵』に書いた登場人物だったんだ!」
閣下が思いついた顔で、前のめりにロープにつかまりながら言った
「え⁈」
アンテナがすっとんきょうの声で驚いた。
「だって考えてもみろよ? お前一人だけで工場に侵入して部屋に入らなきゃ帽子の男が現れないなんてさ、まるでゲームの条件じゃん。帽子の男は、書かれて出来上がった架空の人物なんだ。親父さんがあらかじめ本の中に記してたんだ……お前と帽子の男を出会わせるために!」
アンテナはそれを聞いて何か考えている。構わずパルコが話す。
「僕、ずっと考えてたんだ……。もしそうだとしたら、お父さんはどうして『不必要の部屋』のありかを僕に教えたのかを。あの部屋で、世界を変えなきゃいけないことが、きっとあるんだと思う」
アンテナが口を開いた。
「ちょっと待ってよ。パルコが一人で行かなきゃ帽子の人が現れないでしょ? でも昨日行ったら部屋にたどり着けなかった。それはパルコが帽子の人を解放しちゃったわけで……でさ、つまり帽子の人が部屋にいなきゃ、あの部屋はパルコが一人きりで訪れても現れないってことだよね?」
「……」(一同沈黙)
キキがパルコに耳打ちした。
「アタシもわかっちゃった……何が?」
キキが構わず耳元で話し続け、それを代弁するパルコ。
「大切なものが無くなるルール……虹色傘を書いた時、何も無くなってないじゃんて思ってたら、ユニコーンが無くなったわけね。それってパルコにとって大切だったんだね」
「……」(一同沈黙)
今日の授業は午前中で終わりだった。それは夏休みが近いことを意味していた。
その日の午後、『ブルーブラックの明かり』は純喫茶ナウシャインに集合することになっていた。
店内の一番奥のテーブルには、冷たいバナナミルクジュースの入ったグラスが置かれている。アンテナがとろけそうな顔をして味わっている。
ヨハンセンがパルコに告げた。
「試験は合格だ。君に会いにきて正解だった。君は私に感動を与えてくれた」
パルコは赤くなった。そして、正直に言った。
「いいえ、本当は僕……自分のお父さんに会えるんだと思ってました。『シンクの卵』の本に書いたんだ。虹色の雨傘をベランダにぶら下げている部屋にお父さんがいるって。
あの日、喫茶店から偶然アパートの雨傘を見たんだ。あれは虹色だって……お父さんと会えるんだって。お父さんと会ったことがないあなたを驚かせることができると思って」
「君の気持ちはよくわかる。家族を失うことは、時に人生を変えてしまうほどの喪失感を生む。君の心中には他人には計り知れないものがある。それが例え、誰かが同じ境遇を背負っていたとしても、その人の絶望はその人自身にしかわからないのだよ。その人の絶望は、その人自身のものとも言える」
ヨハンセンは続けた。
「それでも、私は希望を見れた。日本に来て、一体誰が死んだはずの父親に会えると思うのか、こんな結末は誰も思わなかっただろう。君は間違いなく私を感動させた。『世界を変えるための不必要の部屋』を扱う者は、この行為が必要なのだ。わかるかね? 大団円だよ」
その時、ベルが鳴って、純喫茶ナウシャインのドアが開いた。
入り口から現れたのはファーブルだった。
ポニーテールの女性に先導されてファーブルがテーブルについた。
「遅いぞファーブル」
閣下が言った。
ヨハンセンの前では、秘密のアダ名は言っても良いことになっている。それは、彼が自分自身の秘密を少年たちと分かち合っているためだ。
同じように、パルコたち五人は『ブルーブラックの明かり』という秘密組織が、あの日結成されたことをヨハンセンに明かした。それはファーブルの提案だった。パルコの父親と唯一の友達であるヨハンセンには、情報を共有しておいた方が都合が良いと思ったからだった。それにヨハンセンは、彼らの良き友人だった。
「仕方ないじゃん、オレだけここの場所を知らないんだから」
ファーブルが口を尖らせて言った。
ヨハンセンが冷たい飲み物をファーブルのために注文してくれた。二人は初対面なのだ。
ファーブルは緊張して、どもりながらも、流ちょうな英語で自己紹介を始めた。四人とも驚いて顔を見合わせた。ファーブルはヨハンセンに自ら握手を求め、ヨハンセンが出演する映画のファンであることを公言した。
キキがパルコに耳打ちして「すごいね!」と言っている。パルコは少しムッとしたが、同時にファーブルがその目にカッコ良く映った。
「これで間違いなく『ブルーブラックの明かり』のフルメンバーがそろったということだな。なんて素晴らしいのだ!」
「おじさん、ちゃんと秘密にしといてよね」
アンテナが念を押した。
「もちろんだとも! 安心したまえ。本に書いたことが事実になると、誰が本気に思うのだ? しかし注意しなければいけないことはある。それを今から君たちに話そう」
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