シンクの卵

名前も知らない兵士

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第ニ夜

15. ダークブルーのスーツの大男

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 カウンターの一番奥の席に、ダークブルーのスーツを着た大男が、いつの間にか座っていた。

 パルコの視線に気づいたらしい大男は、横目でパルコにウインクした。映画に出てくる俳優と思わせる仕草だ。きれ長の目は、本当に海外の大物俳優にそっくりだった。

 ポニーテールの女性が来て、テーブルにモンブランケーキとクリームソーダを置いた。

「うちの特製モンブランよ。良かったら召し上がれ」

「ありがとうございます。あの……今度また、友達とここに来てもいいですか?」

「もちろんよ! ハルの友達なら、私も友達になれると思うな。いつでも来てね」

「ありがとうございます」

「それとね、あそこに座ってる男の人がハルと話がしたいんだって。お父さんの知り合いらしいけど、私よく知らないの。知ってる人?」

「いえ、全然……。でも、話してみます」

「ほんと? じゃあ呼んでくるよ? 変な人だったら、すぐに私を呼ぶのよ? 奥にいるからね」

「わかりました」

 こういう展開になるとは思ってなかった。
 でも、父親のことが何かわかるかもしれないとパルコは思った。とりあえず目の前のケーキにすぐに手を出すことにした。

 ポニーテールの女性はカウンター席に座る大男と何やら話している。大男は女性にお礼を言ってから、パルコに向かって会釈した。パルコも少し頭を下げた。
 それからパルコがケーキを完食し、クリームソーダを一口二口飲んだくらいに、大男が席を立ってパルコのテーブル席に歩み寄ってきた。

「どうも、ヨハンセンです。ここ、座っても良いですか?」

「こんにちは。あ、ハイ、どうぞ」

 やはり、この人はハリウッド映画でよく見る、世界的に有名な俳優だとパルコは思った。
 ポニーテールの女性が大男のカップとソーサーを運んできた。パルコと目が合うと彼女はウインクして、おしぼりを新しくしてからレジカウンターの奥に入っていった。

 大男は、小指を立ててカップをもち、うまそうにホットコーヒーを一口飲んだ。パルコと目が合い、彼はニコッと笑ってウインクした。急に恥ずかしくなったパルコは、あわてて聞いた。

「おじさんは何者なの? お父さんを知ってるの?」

「知ってるといえば知ってるし、知らないといえば知らないな。というのも、私は会ったことがないんだよ」

「変なの」とパルコは思った。正直言って、この人かなり怪しい。

「正直言って、かなり怪しくて変な人だと思ってないかい?」

「お、思ってます」

 変な感じだった。大人の人とこうやって話すことは滅多にないから。でもこの人と話すのは緊張しなかった。海外の人だからなのだろうか?

「フム。でも桜井くん、一体何者か? というセリフはボクよりも君のお父さんへのセリフの方が正しくないかい?」

「どういうこと?」

 そう言いながらも、パルコは「そうかもしれない」と思った。

「君はお父さんのことをどれだけ知っているのかい?」

 見透かされているようで、いや、心を読まれているようで、パルコは慌てふためいた。

「ボクは海外で俳優業をやっているんだけどテレビとかで見たことないかな? かなり有名な方だと思ってるけど」

「やっぱり」

「知ってるんだね? だろ?」

「正直言って、あなたのことはかなり好きな役者です」

 言ってることが自分でもおかしく感じた。目の前にスーパースターがいることが信じられなかった。

「そうかい? そうは見えないけどなあ。まあいいよ。信じないかもしれないけど、君のお父さんが私に役をくれたんだ。君に試験を受けさせる大役をね」

「はあっ? 試験⁉︎」

「君が『シンクの卵』を扱えるかどうか見極める試験のことだよ。試験に合格すれば、真夜中に『不必要の部屋』を訪問することは目をつむるし、君にお父さんの物語を引き継いでもらうことに決めてるんだよ。そうするように、君のお父さんに頼まれているんだ」

「……シンクの卵って、あの本のこと?」

 ヨハンセンは、歯は見せずに、口の中で笑っているようだった。

「どうするんだい? 試験を受けるかい? 私はお手洗いに席を立つから、戻ってくるまでに考えておいてくれないかな」

 そう言って彼は席を外した。

 はあ? って感じだった。何一つ理解できるものがなかった。お父さんの物語だって? 途中かけの原稿のことだろうか? にもかかわらず、パルコはますますワクワクしてきた。『ブルーブラックの明かり』のメンバーがいれば、皆んなで相談できるのに、とパルコは思った。

 あの人は、僕が喫茶店に来ることを、なぜ今日だって知ってたのだろう? 
 とにかく試験を「受ける」しかない。じゃなきゃ、何もわからないのだ。だってこれは普通の誕生日じゃない。ずっと前から、お父さんが企んでたことは確かだ。


 店内の奥にあるドアが開いて、ヨハンセンが出てきた。パルコは心に決めた。

 ヨハンセンは、ゆったりとソファに腰掛けた。

「返答を聞こうか、どうだい? 試験を受けるかい?」

「もちろん試験を受けます」

 大男は小さく喜び、前のめりになって、その手に小さすぎる自分のコーヒーカップをつかんだ。パルコもコピルアクを手に取り、のどを潤すために一口飲んだ。
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