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しおりを挟むわたしは何もせずに数日を過ごした。
というより、やるべきことがなにも思い浮かばす、ただ時間が過ぎていくことに抗うことができなかっただけだけれど。
自分の無力さにもうんざりしてしまう。同じ日の、同じ毎日。わたしの感覚もどこか平凡な日常に犯されてしまったような気もした。
この日、わたしは夕食後にリビングで両親とテレビをぼんやりと眺めていた。
普段は食事が終わったら部屋にすぐに向かうのだけれど、今日は両親から一緒にテレビでも観ないかと誘われた。
きっと、わたしの様子がおかしいことに気づいたからだと思う。無気力に過ごす娘を放っておくことはできなかった。
テレビではバラエティが放送されていた。世界の大事件を扱った番組で、その結末をゲストが予想するというものだった。
「どうだ、莉子。犯人はわかるか?」
いまやっているのは海外の爆弾魔のケース。複数の容疑者が画面に写し出されている。みんなあやしいように見える演出のせいで、簡単にはわからないような仕組みになっている。
「結構有名な事件らしいからネットで調べたらわかるかもしれないな」
「親がずるを教えちゃだめでしよ。自分で考えることに意味があるのよ」
両親の会話を聞き流しながら、わたしはぼんやりとあの日のことを考えていた。
わたしがあの爆発現場に遭遇したのはあの日がはじめてだった。その日にその場所で爆発が起こるのは知っていたけど、そのことはすっかり忘れていた。
それだけに身近なところで爆発が起こったのは衝撃的ではあったけれど、ずっと引きずるほとではなかった。
あの犯人はすでに知っている。その日の夜には逮捕された。もちろん、いまはまだ野放しにはなってはいるけど、わたしにとってはどうでもいいことでもある。
「そうだな、父さんはやっぱり板金工があやしいと思うな」
「そう?わたしは案外、現場にいた主婦だと思うけど」
「莉子はどう思う?」
「大学生」
そう言った瞬間にまずい、とわたしは思った。番組と現実がごちゃ混ぜになってしまった。
「大学生?容疑者の中にいたか?」
「いないわね」
「ごめん、ちょっと別のことを考えていて」
「主婦もそうだが、大学生に爆弾を作るのは難しいんじゃないか」
そんなことはないと思う。実際にこの町で爆弾事件を起こしたのは大学生。理工学部に所属していて、ネットでも情報は得られる。作ろうと思えば、爆弾というのは案外簡単に作れるものらしいし。
「でも、こうして爆弾のニュースを見ていると、不安になるわよね。この街でもいつか大きな被害が出るかもしれないでしょ」
「大丈夫なんじゃないか。いまのところ郊外ばかりで、人が怪我をしたことはないんだし」
実際、あの爆発でも負傷者はでなかった。とはいえっても街の中心部で爆発が起きたのは確かで、大きな騒動になったのは確かだけれど。
「なにか嫌な予感がするのよね。夏休みはしばらく実家に避難でもしたほうがよさそうな気がするけど」
「気にしすぎじゃないか。こんなのどかな街で大事件なんて起こらないだろ」
「だったら爆弾魔なんて出てこないでしょ」
「まあ、そうなんだが。やけに不安を感じないんだよな」
「爆弾魔にウイルステロなんて、ほんとこの国はどうしたのかしらね。莉子が夏休みの間に全部解決してくれればありがたいけど」
「そう言えば莉子は夏休みどうするんだ?行きたいところとかないのか?」
「とくにないかな」
素っ気なく答えると、両親は顔を見合わせた。
「海斗くんとは予定はないのか?」
「ないよ」
予定なんて作ることに意味はないし。
「一月もあるんだから、デートくらいするだろう」
家族ぐるみの付き合いをしてきたから、お父さんも海斗くんには彼氏としての抵抗みたいなものはない。
それでも、ここまで露骨に触れることは珍しかったから、わたしはなんだか違和感を感じていた。
「なんなら、海斗くんのところと旅行に行ってもいいんだぞ。ほら、昔は向こうと一緒にスキーとか行ってたじゃないか」
「突然どうしたの?」
「いや、その、海斗くんとは最近、どうなんだ?うまくいってるのか?」
そうか、とわたしは納得した。両親はわたしの異変が海斗くんとの間になにかがあって気まずくなったからだと考えている。
それでわたしたち二人の関係を取り持とうとしているんだ。わたしの交遊関係はそんなに広くないから、海斗くんに原因を求めるのも当然かもしれない。
「海斗くんとはなんのトラブルもないよ。夏休みの予定がないのは海斗くんが優愛さんのところにお邪魔するかもしれないって言ってたから」
その答えを聞くと、両親の顔には安堵が浮かんだ。
「そうか。優愛ちゃんも勉強、頑張っているようだな」
「海斗くんとは毎日会ってるし、夏休みだから特別ってことにもならないと思う。どこか遠くに出掛けたいという気持ちもないし、優愛さんのところから帰ってきたとしても、その辺をブラブラするくらいかな」
「若いんだから、もっと冒険したらどうなの?」
お母さんの言う冒険がなんなのか、わたしにはよくわからなかった。二人だけで泊まりがけの旅行でもしたら、ということかな。さすがにそれはお父さんが怒るとは思うけど。
「海斗くんとは将来のこととか話し合っているのか?」
「将来?」
「結婚とか」
お父さんの口から結婚なんて言葉が出てきて、わたしはしばらく固まってしまった。
「父さんとしても、莉子が結婚するなら海斗くんが最適かと思うんだよ。小さい頃から見てきたから、一番安心できる。」
「結婚だなんて、唐突すぎるよ。わたしたちはまだ高校生なんだよ」
どうしてこんな話になってしまったのだろう。
爆弾事件にウイルスの流出事件、こう立て続けに大きな事件が起こっているから、両親もわたしの将来を心配したのかな。
「別の誰かと莉子が付き合うなんて、父さんは考えられないんだよな」
「わたしもそうよ。海斗くんは若いのにしっかりしてるし、浮気なんかもしないと思うわ」
どう答えるのが正解だろう。わたしは真剣に考える。ここは両親の望みを叶えるべきかな。どうせ将来なんて考えられないから、何を言っても、罰は当たらないと思う。
「まあ、わたしも結婚するなら、海斗くんかなと思ってるよ」
「そうか、そうだよな」
「なんなら、今度実家に帰省するときに、海斗くんも連れていく?二人でご先祖様に挨拶でもしたらどう?」
「あはは」
わたしは苦笑するしかなかった。両親があまりにも前のめりで、流れについていくことができなかった。
「帰省といえば、今年はどっちの実家に行く?やっぱり涼しいところのほうがいいか?」
両親の親はいまも健在で、でもそれぞれの実家はだいぶ離れている。同じ時期に二つとも訪問するのは難しい。
「わたしはべつに、どっちでもいいけど」
どうせ夏休みなんてまともに迎えられない。帰省先を選ぶことには意味がない。それで運命が変わるわけじゃ……。
え、ちょっと待って。
わたしの頭にいま、パッとひらめくものがあった。
これって、もしかして使えるんじゃ。前の計画とはまた違ったやり方になるし、成功する可能性もあるんじゃ。
でも、そこに導く方法は?
わたしの目が、自然とテレビへと向く。
爆弾事件の犯人が明かされたところ。その犯人は意外なことに被害者の妹という展開で、スタジオがどよめいている。その動機は兄への恨み。
優秀な兄に虐待をされていた妹が、兄の通う学校で爆弾騒動を起こすことで遠くへと転校させようとした。
妹は逮捕されたけれど、結局兄はその街にはいられなくなった。被害者ではあるものの、妹に対する虐待もまた犯罪だった。
爆発で吹き飛んだのは兄の無駄に高いプライドだったのかもしれない、と番組は結んでいた。
爆弾魔は、この街にもいる。
あれ?
もしかして、同じことができる?
そう、わたしは爆発魔が誰かを知っている。
それをうまく使ったら?
かなり危険なことではあるけれど、試してみる価値はあるかも。
「とうした、莉子?」
気づいたらわたしは立ち上がっていた。両親がこちらを見上げている。いまのわたしには海斗くんのことだけが頭にあった。それにいま、気づいた。
「なんでもない」
わたしは急いで部屋に向かった。ずっとそこにいたら、泣いてしまいそうだったから。
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