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しおりを挟むわたしはさっそく来栖先輩と放課後に会うことにした。
真面目な感じと若葉が言っていた通り、来栖先輩は見た目もきっちりしていた。
シャツのボタンはすべて閉めていて、髪は一本の乱れもなく分けられている。黒ぶちの眼鏡をかけているけど、それも野暮ったいというよりは理知的な印象があった。
「それにしても驚いたよ。突然会いたいって言われたときは。彼氏がいると聞いていたから、どうせ無理だと思っていたんだ」
若葉を介して廊下で来栖先輩と会ったとき、わたしはさほど緊張はしていなかった。すでにいろいろと割り切っていたから、相手がどんな人でも冷静に対応できる自信があった。
ただ、来栖先輩の印象は決して悪くはなかった。はじめまして、と挨拶したときはしっかりと頭を下げて、しゃべり方は落ち着いたもの。
全体的に柔らかさがあって、先輩としての威圧感はまったくなかった。
たった数日とはいえ、付き合うことになる相手なので、わたしはホッとする部分も否定することはできなかった。
「彼氏とはもう別れてるんです。誰かいい人がいないかなって思っていたところ、先輩の存在を若葉から聞いて、それで会ってみたいなって」
「サッカー部の橘くんだよね。ぼくなんかより、よっぽとスペックは高いように思うけど」
来栖先輩は海斗くんのことを知っているらしい。元々なのか、それともわたしの彼氏として調べたのかはわからないけど。
「そんなことないですよ。来栖先輩も十分にかっこいいです。それに勉強もすごい出来るって聞きました」
「それくらいしか取り柄がないからね」
「将来の夢とかってあるんですか?」
「官僚を目指してるんだ」
来栖先輩はこの国の将来に危機感を持っていているようだった。自分が政治の中心まで入り込んで方向性を変えないといずれ沈没してしまうと、熱っぽく語った。
「あ、ごめん、勝手にベラベラ話してしまって」
「いいんです。それだけ強い思いがあるということですよね」
「うちの親が市議会のほうで議員をやってるんだよ。それで色々と考えるようになったんだ」
「へぇ、エリートなんですね」
来栖先輩は苦笑した。
「確かにお金持ちの家系が議員になるケースは多いよ。地元の会社の社長とかね。でも、うちの場合は違うんだよ。父親はもともと教師で、生徒の保護者なんかから担ぎ出される形で議員になったんだ」
「それだけ信頼されていた、ということですよね」
「そうかもしれない。でも、地元の議会じゃ結局、できることは限られている。父親の無力感にさいなまれる姿を散々見てきたから、ぼくは官僚を目指そうと思ったんだ」
「実現したい政策とか、あるんですか?」
「あるよ。具体的にはまだ言えないけど」
なんだろう、やけに気になる。
「あとで教えてあげるよ。ちょっと言いにくい事でもあるから」
今日は生徒会の仕事もないので、わたしたちはそのまま帰宅することにした。来栖先輩は電車通学で、わたしとは帰る方向が違うようだけれど、途中まで送っていってくれるらしい。
校舎を出たとき、わたしの目は自然とグラウンドの方に行った。そこではすでにサッカー部の活動が始まっている。
サッカー部のマネージャーはすでにやめている。
お昼休みに顧問の先生のところに行って退部を伝えた。
二年生で突然やめるケースは滅多にないから驚かれはしたけれど、最終的には受け入れてくれた。
「ちょっとグラウンドの方に寄ってもいいですか?」
「挨拶でもするの?」
「いえ、最後にみんなのことを目に焼き付けておきたくて」
グラウンドに近づくと、何人かがわたしたちに気がついた。それに遅れる形で、海斗くんもこちらを見た。
距離があるから、その細かい表情を確認することはできない。ついこの間まで彼女だった人が、今日は別の男性と帰宅しようとしている。気分のいいものではないはず。
わたしとしても辛い。わざわざこんなところを見せつけないといけないなんて。
来栖先輩に対しても申し訳ない気持ちがある。わたしの計画に利用されているだけなんて知らない。もしわたしの本音を知ったらきっと軽蔑されてしまう。
わたしはそこにいったいどのくらい立っていたのか。気づけばサッカー部のみんなは普通に練習を続け、こちらに向けられる目はなくなった。
「そろそろ、行きましょうか」
「うん」
わたしは来栖先輩とともにその場を立ち去った。誰かの視線を背中に感じ続けたのは、わたしの思い込みにすぎないはず。
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