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結局、わたしは何もせずに数日間を過ごした。
自殺をためらっているうちに、残酷に時間だけが過ぎていく。
今日は終業式。7月の21日、金曜日。もう余裕なんてなくなっている。
ここ何日も、生きているような心地はしなかった。精神が毎日削られ、わたしの心はおかしくなっていた。
だから、わたしは放課後、海斗くんを屋上へと呼び出した。
「なんだよ、こんなところに。まさか告白でもするのか」
海斗くんがおかしそうに言う。
わたしはその顔をまともに見ることができなかった。
これからすることを考えると、愛想笑いすら浮かべることができない。
極端に口数が減り、表情もずっと暗いことくらい、鏡を確認しなくたってわかる。クラスの友達からも心配されるほどだった。
「告白。ある意味ではそうかもしれない。わたしは海斗くんに言わないといけないことがあるの」
もちろん、その異変は海斗くんにも伝わっている。だってわたしたちは恋人同士。毎日近い距離で顔を合わせている。
「……なあ、莉子。お前ここ最近、おかしいよな。なにかあったのか」
「あったよ。ううん、これからある、と言ったほうが正しいのかな」
「どういうことだ?」
海斗くんが眉を寄せる。
ここで言っても、別に構わないのかもしれない。どうせ最後なんだから。
「ねえ、海斗くん。わたしのこと好き?」
わたしは屋上の端に立ち、手すりに触れながら言った。
海斗くんはわたしの横、左側に立った。
「いまさらだな。なにかおれ、誤解されるようなことしたかな」
「そうじゃないけど」
「なら、どうしてそんなことをいまさら確認するんだ?理由、あるんだろ」
やっぱり言えない。口が裂けても。
だって、あのことについても触れないといけなくなるから。
「好きだよ。あのときから気持ちは変わっていない。莉子は違うのか?」
「……」
わたしは、よくわからない、というのが本当のところなのかもしれない。
海斗くんのことは嫌いじゃない。幼い頃から家族のように接してきた。
でも、それが本当に恋愛感情なのかどうか、わたしは疑う時がある。
罪悪感、それだけがわたしの中にある海斗くんへの感情なのかもしれないと思うことがある。
「わたしは、最初に謝るべきだったのかもしれない」
「謝る?なにに対してだ?」
「海斗くんの未来を奪ったことを」
海斗くんはしばらく沈黙した。
「……あれは別に、おまえの責任というわけじゃないだろ」
そうじゃないよ、海斗くん。わたしのせいなんだよ。海斗くんはそれを知らないだけなんだよ。
「わたしの心にはずっと、あのときのことが引っ掛かってるの。海斗くんがどう思うかは重要じゃない」
「もしかして、そのことなのか。おれを屋上に呼んだ理由は」
「うん。でも、それを説明するには、とても長い時間がいる。いまのわたしには、そこまでの気力はないの」
「じゃあ、なんのために、こんなところまで連れてきたんだよ」
「……わたし、自殺を考えてるの」
「え、自殺?」
「うん」
海斗くんから困惑した様子が伝わってくる。無理もないと思う。せっかく夏休みに突入するというときにこんな話をされて、平然としているほうがおかしい。
「ここ数日、ずっとそのことばかり考えていた。でも、なかなか実行できなくて、その理由を考えたら、海斗くんへの謝罪がまだだって気づいたの」
「莉子、何を言ってるんだ?」
「わたしのせいなんだよ、海斗くんが不幸になったのは」
わたしはそう言うと、屋上を取り囲む手すりを乗り越えた。
ギリギリのところに立って、三階ぶんの高さから下を見下ろす。たくさんの生徒たちが校門の方へと向かっている。
こちらに気づいている人は誰もいない。
「おい、莉子、さっさと戻れよ。危ないだろ!」
「ごめんなさい。そう何度も謝りたかった。わたしは謝りたかったの!」
「いいから、まずはそこから離れるんだ!」
海斗くんがこちらへと腕を伸ばしてくる。
「来ないで!わたしに触れようとしたら、すぐに飛ぶから」
海斗くんは動きを止めた。どちらにしてもわたしは飛ぶ。それを海斗くんもわかっているかもしれない。
「ごめんね、海斗くん。本当はもっとちゃんと謝りたかった。すべてを話して、許してもらいたかった」
わたしの大声に気づいて、ひとりの生徒がこちらを見上げた。波紋が広がるように周囲の生徒も次々と顔を上げてこちらへと視線を送ってくる。
「莉子、わかったよ、わかったからこっちに戻ってきてくれ!」
「ずっと黙ってて、とても苦しかった。海斗くんに心の中で謝っていて、でもそれを口にすることはできなかった!」
「別に、おれは怒ってない!お前が悪い訳じゃないことも知ってるって言ってるだろ」
「ありがとう、海斗くんがそう言ってくれるだけでわたしは救われる。あなたの優しさに、わたしは何度も救われたよ」
「莉子」
「これでもう思い残すことはない。全てを終わらせることができる。さよなら、海斗くん」
怖かった。脚がガクガクと震えていた。何度も死んだから自殺くらい平気だと軽く考えていたけど、自殺というのはまた別の恐怖がある。涙があふれでてきて、わたしは手で目元を拭った。
その勢いで手すりから両手を離し、空中へと身を投げた。
「莉子!」
滞空時間がやけに長く感じた。こちらを見上げる生徒の顔がひとりひとり、確認できそうな余裕を感じた。
それでもわたしは海斗くんのほうを見なかった。これから激突する地面を眺めたまま、わたしはあの日のことを思い浮かべていた。
自殺をためらっているうちに、残酷に時間だけが過ぎていく。
今日は終業式。7月の21日、金曜日。もう余裕なんてなくなっている。
ここ何日も、生きているような心地はしなかった。精神が毎日削られ、わたしの心はおかしくなっていた。
だから、わたしは放課後、海斗くんを屋上へと呼び出した。
「なんだよ、こんなところに。まさか告白でもするのか」
海斗くんがおかしそうに言う。
わたしはその顔をまともに見ることができなかった。
これからすることを考えると、愛想笑いすら浮かべることができない。
極端に口数が減り、表情もずっと暗いことくらい、鏡を確認しなくたってわかる。クラスの友達からも心配されるほどだった。
「告白。ある意味ではそうかもしれない。わたしは海斗くんに言わないといけないことがあるの」
もちろん、その異変は海斗くんにも伝わっている。だってわたしたちは恋人同士。毎日近い距離で顔を合わせている。
「……なあ、莉子。お前ここ最近、おかしいよな。なにかあったのか」
「あったよ。ううん、これからある、と言ったほうが正しいのかな」
「どういうことだ?」
海斗くんが眉を寄せる。
ここで言っても、別に構わないのかもしれない。どうせ最後なんだから。
「ねえ、海斗くん。わたしのこと好き?」
わたしは屋上の端に立ち、手すりに触れながら言った。
海斗くんはわたしの横、左側に立った。
「いまさらだな。なにかおれ、誤解されるようなことしたかな」
「そうじゃないけど」
「なら、どうしてそんなことをいまさら確認するんだ?理由、あるんだろ」
やっぱり言えない。口が裂けても。
だって、あのことについても触れないといけなくなるから。
「好きだよ。あのときから気持ちは変わっていない。莉子は違うのか?」
「……」
わたしは、よくわからない、というのが本当のところなのかもしれない。
海斗くんのことは嫌いじゃない。幼い頃から家族のように接してきた。
でも、それが本当に恋愛感情なのかどうか、わたしは疑う時がある。
罪悪感、それだけがわたしの中にある海斗くんへの感情なのかもしれないと思うことがある。
「わたしは、最初に謝るべきだったのかもしれない」
「謝る?なにに対してだ?」
「海斗くんの未来を奪ったことを」
海斗くんはしばらく沈黙した。
「……あれは別に、おまえの責任というわけじゃないだろ」
そうじゃないよ、海斗くん。わたしのせいなんだよ。海斗くんはそれを知らないだけなんだよ。
「わたしの心にはずっと、あのときのことが引っ掛かってるの。海斗くんがどう思うかは重要じゃない」
「もしかして、そのことなのか。おれを屋上に呼んだ理由は」
「うん。でも、それを説明するには、とても長い時間がいる。いまのわたしには、そこまでの気力はないの」
「じゃあ、なんのために、こんなところまで連れてきたんだよ」
「……わたし、自殺を考えてるの」
「え、自殺?」
「うん」
海斗くんから困惑した様子が伝わってくる。無理もないと思う。せっかく夏休みに突入するというときにこんな話をされて、平然としているほうがおかしい。
「ここ数日、ずっとそのことばかり考えていた。でも、なかなか実行できなくて、その理由を考えたら、海斗くんへの謝罪がまだだって気づいたの」
「莉子、何を言ってるんだ?」
「わたしのせいなんだよ、海斗くんが不幸になったのは」
わたしはそう言うと、屋上を取り囲む手すりを乗り越えた。
ギリギリのところに立って、三階ぶんの高さから下を見下ろす。たくさんの生徒たちが校門の方へと向かっている。
こちらに気づいている人は誰もいない。
「おい、莉子、さっさと戻れよ。危ないだろ!」
「ごめんなさい。そう何度も謝りたかった。わたしは謝りたかったの!」
「いいから、まずはそこから離れるんだ!」
海斗くんがこちらへと腕を伸ばしてくる。
「来ないで!わたしに触れようとしたら、すぐに飛ぶから」
海斗くんは動きを止めた。どちらにしてもわたしは飛ぶ。それを海斗くんもわかっているかもしれない。
「ごめんね、海斗くん。本当はもっとちゃんと謝りたかった。すべてを話して、許してもらいたかった」
わたしの大声に気づいて、ひとりの生徒がこちらを見上げた。波紋が広がるように周囲の生徒も次々と顔を上げてこちらへと視線を送ってくる。
「莉子、わかったよ、わかったからこっちに戻ってきてくれ!」
「ずっと黙ってて、とても苦しかった。海斗くんに心の中で謝っていて、でもそれを口にすることはできなかった!」
「別に、おれは怒ってない!お前が悪い訳じゃないことも知ってるって言ってるだろ」
「ありがとう、海斗くんがそう言ってくれるだけでわたしは救われる。あなたの優しさに、わたしは何度も救われたよ」
「莉子」
「これでもう思い残すことはない。全てを終わらせることができる。さよなら、海斗くん」
怖かった。脚がガクガクと震えていた。何度も死んだから自殺くらい平気だと軽く考えていたけど、自殺というのはまた別の恐怖がある。涙があふれでてきて、わたしは手で目元を拭った。
その勢いで手すりから両手を離し、空中へと身を投げた。
「莉子!」
滞空時間がやけに長く感じた。こちらを見上げる生徒の顔がひとりひとり、確認できそうな余裕を感じた。
それでもわたしは海斗くんのほうを見なかった。これから激突する地面を眺めたまま、わたしはあの日のことを思い浮かべていた。
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