バッドエンドのその先に

つよけん

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第1章「反魔王組織」

巻き込まれる運命

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 俺の意識の中で真っ白な世界で宙にふわふわと浮いている感覚が支配している。
 何も感じられない脱力した空間。
 それが妙に気持ちがいい……。

「あー……もう動きたく無い……」

 いっその事……ずっとこの空間に留まって、一生ここで生涯を終えるのも悪くない……。そんな気分だ……。
 しかし、自然に自分の体が睡眠欲よりも強い欲求を感じてしまい、勝手に意識を覚醒させようとし始めていた。
 大丈夫だ!いいんだよ!ココで垂れ流そうが睡眠欲を優先させてくれ!

 …………。

 ……。

 いやいや……後々の事を考えると普通に無理だろ……。
 俺は仕方がない顔で渋々と重い瞼をゆっくりと開けると、そこには見知らぬ空間が広がっていた。
 暗がりの中で壁に備えつけられた蝋燭の火を頼りに、ぼーっと土の天井を眺めながら第一声を喋る。

「ここは……どこだ?」

 とりあえず周囲を詳しく確認するために上半身を起こそうとするが、思うように体を動かす事ができない。
 別に縛られてるとか束縛されているとかではなく、単に体がなまっているような錆び付いた歯車を動かそうとしているような感覚だった。なるほど……意識とは裏腹に身体が起きるのを拒否しているらしい。
 かと言って起きなければ周囲一帯が異臭で埋め尽くされる事は分かりきっている……。
 何とかして動かなければ……。
 兎にも角にも漏らさない為の必死の想いで、意識を体へ集中させると手足の指に反応が戻った。
 うん……これはしばらく時間がかかりそうだぞ……。この状態のまま耐えるしか無さそうだ……。
 俺は今の置かれている状況を受け入れて、気を紛らわす為に現状の確認を思い浮かべる。
 自分の記憶を順を追って辿っていく。
 何故に自分はこの場所で寝ているのだろうか……。
 動かせる指と半分寝てる眼球をキョロキョロとさせて、数少ない情報をなんとか仕入れようとした。
 部屋は2畳程の大きさで扉が1つあるだけのようだ。窓は無く明かりは蝋燭が灯っているだけ。少し窮屈で圧迫された空間のようだ。
 一応指の感触でシーツが被されているらしく、多分人為的にここへ寝かされたのだと思う。
 おっ、どうやら手首まで動かせるようになったぞ。順調に可動域が増えている。
 少しの喜びを感じながらまだ覚醒しきっていない頭を使い、気を失う前の最後の記憶を必死になって思い出そうとした。

「クレアのパンツ……」

 いや、そこじゃない……。
 確かにツーハンドソードを借りる時に、頭に入ってきた強い情報だけども……。
 あっ!ツーハンドソード!?
 一気に気を失う前の記憶が蘇った。
 門左衛門を剣に封印させた事を見届けた後に、記憶が無くなった事を認知する。

「なるほど……あの後に魔力切れで気を失ったのか」

 嫌々とした表情で俺を担ぐストロガーヌの表情が目に浮かぶ。
 そうなると恐らくこの場所は、反魔王組織のアジトになるんじゃないだろうか。
 場所の検討がつくだけでも、少し安堵が持てる。へんな場所じゃなくてよかった……。
 うおっ!気を抜いたら我慢していた生理現象が!?
 改めて気を引き締めると、寸前の所で踏み止まる……。
 危ない危ないと思いながら身体に意識を集中させると、肘と膝までの可動域が動かせるようになっていた。後少しで起き上がれるようになる……。
 下半身にも注意を払いつつ、今か今かと起き上がれるまでの時間を待っていると……。

「んっ……」

 自分の右側の腰辺りから何か女の子の色っぽい声が聞こえてきた気がした。
 まだ寝ぼけて幻聴が聴こえているのだろうと勝手に解釈をして、今は気に留めないようにしよう……。
 俺はふと思い出す……。
 今回は目が覚めた時に記憶を失うまでお酒を飲まなくても、あの惨劇の悪夢を見ずに済んでいる事に気付く。
 こんなにも気持ちよい目覚め方をしたのは、何年振りだろうか……。
 大概は飲みすぎて頭痛がするか悪夢しか見なかったのだから、本当に気持ちがとても楽である。
 魔力切れが与える影響なのか、それとも別の影響なのかは定かではないが……あの悪夢を見ないで済むならば、とても良い傾向であるだろう。
 今後に活かせるように記憶の片隅に置いておこう……。
 モゾモゾ……。

「ん……あんっ……」

 いや待て……何か幻聴かと思っていた色っぽい声がはっきりと耳元に届けられたぞ……。
 声と共にもぞもぞと動いた感触が、シーツ越しに伝わってくる。
 完全に人の気配として認知した。
 いつの間にか肩や腰が自由に動かせるようになっていたので、重い体に鞭を入れてよじるように上体を起こした。
 そういえば右腕がない事に今更気付き、無理矢理上体を起こした事によってバランスを崩してしまう。

「うおあ!!」

 俺は変な声を出しながらバサッと音を立てて、腰辺りで寝ているであろう人物に覆いかぶさるように突っ伏す。
 丁度目の前にナナの寝顔がそこにあった。その距離、わずか数センチ。
 な、何で一緒に寝ているんだ……いや、今は深く考えるのはやめよう……。
 こういう展開の時は主人公的立場の人間が大体焦ってしまい、不祥事として第3者に見つかってしまうのが落ちである……。
 落ち着いて対処さえすれば切り抜けられるのに、どうしても不祥事にしてしまう主人公達の気が知れない……。
 ストーリー的には美味しい話なのは確かなのだが、俺はもう主人公としての立場ではないはずだ……。
 落ち着け……落ち着いて起き上がれ……。
 無心の心にそう言い聞かせながら、俺は左腕と腰の筋肉を上手く使って今度こそ上体を起こした。
 ボロボロのシーツがハラリとナナの体から剥がれ落ちたのが見えた。

 裸かよ!!

 大きな声で口に出してしまいそうだったので、堪えながら心の中で叫んだ。
 俺の位置からはナナが横を向いているので、ピンポイントに腕や太ももで大事な部分は隠されて見えないから大丈夫だ……。
 いや、何が大丈夫なんだ……。

「ねぇさーん……どこ行ったんですかー?」

 ほら来た……お決まりのパターンだ……。
 近くでクレアがナナを探しにこちらに向かって来ているのが分かる。
 この状況を見られるのは流石にまずいよな……。
 足音が扉の近くまで迫ってきていた。
 俺は咄嗟にナナにシーツを覆い被せて、分かり辛くする為に彼女を自分の足元へと引き寄せた。
 ナナの体は猫のように丸くなっているようで、今の所はちゃんと隠れられている。
 その後すぐに扉は開き、何食わぬ顔でクレアと対面した。

「よかった……気が付いたんですね」
「あ、あぁ……何とかな……」

 クレアは安堵の表情を見せて、少しだけ涙ぐんでいた。
 そんなに涙ぐむ程の事なのかと思ったら、予想とは大きく外れた答えが返ってくる。

「2週間も目覚めなかったので、このままずっと目が覚めないのかとねぇさんと一緒に心配してたのですよ……」

 1日2日程度寝ていたと予想していたのだが、意外と長く目覚めなかったらしい……。
 悪夢を見ない方法として考慮していたのに、これでは使い物にならないから白紙に戻さないと……。
 俺は申し訳なさそうに喋りだす。

「心配させたようで、すまなかったな……」
「別に謝る事でもないですよ。無事に目覚めてくれればそれでいいです」

 俺の足元でナナがゴソゴソと動き出してしまう。
 まずい!
 その動きをクレアが不思議そうにしながら、俺の足元にある不自然な膨らみを凝視していた。

「ど、どどどどどど……どうした?」
「いえ……何か不自然な動きに見えたんだけど……」

 クレアは俺の明らかな動揺に対して直球を投げてきた。
 あれだけ冷静になってフラグを回避しようとしてたのに、結局は自分もありきたりな不祥事に巻き込まれてしまうじゃないか……。いや……俺は主人公じゃない……まだだ!まだ終わらんよ……。

「さ、錯覚だろ?」

 俺はナナが居る膨らんだ箇所へバレないように素早く三角座りの形を作り、自然な形で三角のスペースへナナを上手く収納させる形をとった。

「ほ、ほら!これ膝だろ?」

 シーツの上から自分の膝を左手でパンっパンっと2回音を鳴らし、ここには何もないアピールをする。
 クレアはまだ疑いの目を緩めていないが、思い出したように俺に質問を投げかけた。

「そうだ、ナナを見ませんでしたか?」

 絶賛俺の膝の下にいますよ……って言いたい……。
 まず口が裂けても言えないけど……。
 とりあえず何か答えないのも怪しまれるだけだ……早急に質問に返答をしなければ……。

「い、いや……見てない……けど……」

 少々回答が白々し過ぎな気もする……。
 クレアは俺の動揺を悟ったかのように、自分の顔を少し前のめりになりさせて、疑いの眼差しで顔を近づけながら凝視してきた。

「な、なにかな……?」

 俺のこめかみからは変な汗が頬を伝って顎下まで伸びている。
 その後に緊張からか周囲に音が聞こえる程の生唾を飲んだ。
 しばらくすると……ふと彼女は俺を見るのをやめて気になる事を喋りだす。

「そうですか……じゃぁ、今日はこの場に来てないんですね……」

 へ?
 それはまさか俺が寝ている間にナナは、毎日のように添い寝してたのと言うのか!?
 そういう意味に取れる発言に、更に動揺が増していく。
 その時だった……三角の空間にいるナナがもぞもぞと動き出す。
 ただシーツの中で動き出すだけなら俺が動いたとごまかせる事ができるのだが……。
 ごまかしが出来そうにない事態へと陥ってしまう。

「ぐぉファァ!!」
「え?何っ?」

 俺はこの世が終わったような、奇声を発してしまう。
 クレアは奇声に対して、体がビクッと飛び跳ねた。
 それはきっとナナが三角の空間の中で少し寝返りをしたのか、彼女の手が軽く俺の股の間を抜け出してお腹に衝撃を与えたのだ。
 普通の感覚ならば、どうと言う事はない衝撃なのだろうが……。
 今回の俺にとっては忘れていた生理現象の概念を呼び起こさせる切っ掛けとなった。
 これは非常にまずい!
 百歩譲ってナナの姿をクレアに見られたとしよう……。
 変態と罵られてしまうだけで、言い訳は後でも出来ない事でもないはずだ……。
 そりゃ健全な男子なんだ!そういう欲求不満はありますとも!
 しかし、事の重大さはそこじゃない……。
 ここで全門開放してダムの放出を許してしまうとなると……。
 2人からの信頼が根こそぎ失われ……完全に幻滅されて……2度と口を聞いてもらえない事が目に見えて分かる……。
 だが……ナナの手によって……もはや解放まで時間の問題となる……。

「どうしたの?どこかまだ痛むところがあるの?」

 クレアの優しい言葉が俺の胸に突き刺さった。
 もう……その言葉は一生聞けそうにないよ……。
 せめてこの場の時間よ止まってくれれば……って止めれるんじゃないか?
 俺はお尻にグッと最後の力を振り締めると、瞬間的に魔力を増幅させて詠唱へ入った。

『〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』

【すべての色が反転した時の世界へようこそ……】

『〇〇〇〇!!』

「ちょっと!!何訳の分からない事言ってるのよ」
「あ、あぁ……ちょっと緊急事態だったんだ……」

 クレアは俺が時を止められる魔法を扱えることを知らない……。
 なので彼女には俺が意味の分からない言葉を、奇声のように喋ってるようにしか見えていないだろう……。
 とりあえず時を止める事に成功した俺は、決壊寸前の門を必死に死守しながら何とかトイレを発見して用を足す事に成功した。
 本当に近くにあって本当に良かった……。

「ん、んん?」

 生理現象を解放した事によって安心しきっていた俺に、またしても災難が降り注いだ……。
 ナナの声が聞こえたと思ったら俺の三角座りの膝の間から、シーツがニョキニョキっと上へ大きく膨れ上がっていく。
 シーツが最大まで大きくなると、シュルシュルっと肌と布が擦れる音を立ててナナが目を擦りながら現れた。
 うん……時を止めて解放しただけで満足して、ナナの問題を処理する事をすっかり忘れてたよね……。
 流石に自慢のポニーテールを寝る時は降ろしているので、その髪が丁度いい感じに大事な部分を隠している。
 でも……これはこれで……。

「トモキ兄ちゃんおはよー」
「あ、あぁ……おはよ」

 たぶんまだ寝ぼけているのであろうか……俺が2週間ぶりに目覚めた事を理解していないようだった。
 そんな事よりもだ……とてつもなく痛い視線を感じているのだが……。
 俺はそっとはだけたシーツを手に取ると、ナナの肩へと優しく掛けてあげた。
 そのままニッコリとクレアに微笑みをかける。

「変態っ……」

 最悪の事態は辛うじて免れた事は確かだが……一般的な主人公が犯す不祥事をリアルに体験する羽目となった……。
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