短編集「めおと」

あおみなみ

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あいさつ通り

【終】どこでも挨拶

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 杉村夫妻の家から歩いて5分程度のところにある「市立志葉桜しばざくら小学校」は、各学年100人弱で全体500人台前半という学校である。
 徐々に少なくなってきている結果だが、少子化の時代としては、まあまあの人数といえるだろう。

 3年前に志葉桜小学校校長に就任した小宮英子(59歳)は、子供たちに慕われていた。
 すらっと背が高く、いつも少し派手な色のスーツをおしゃれに着こなしているたたずまいと、甲高い声で早口で話すさまはややミスマッチだったが、「テレビで歌いながらお料理しているオバサンに似ている」などと言われていた。

 ただ、それは声質や話し方の話であって、見た目は別な人物に似ていると言われることが多い。
 元アイドルで今やアラカン、つまりは小宮校長と同世代である「長瀬《ながせ》マリエ」という女優の名前を挙げる者が、児童にも教師の間でも多かった。
 現在放送中の人気ドラマで、癖の強い私立高校教頭役を演じているため、その役名で呼ぶ者もいたし、本人もその自覚はあるようで、持ちネタにしているふしもある。そんなノリのよさで、また児童たちに慕われているようだ。

 ◇◇

「この間コンビニで、校長先生と間違えて、知らないおばさんに声かけちゃった」
「あれ――その人私も見たことあるかも。校長先生よりは地味だしちょっと背も低いと思うけど、顔似てて」
「おんなじ人だね、きっと」

「あの人見ると、あいさつゾーン以外でも声かけちゃうの。反射的に、『あ、校長先生』とか思って」
「私も間違って挨拶したことあるかも」
「うちのお姉ちゃんもそう言ってた。てか、うち帰ってきてから、「あの人、小宮先生じゃなかったかも…」とかって」
「間違えても、間違えましたっていうのも変だしねえ…」
「挨拶だけだし、いいんじゃない?」
「それがさあ、お姉ちゃん、体育祭で1位になった話までしちゃったんだって。で、『恥《ハズ》い』って」
「…それは確かに」

 6年生のとあるクラスで、こんな会話が繰り広げられていた。
 超常現象や不思議な小話が載った本が好きでよく読むという男子が、「世の中には、自分と同じ顔の人が3人いるんだって」というウンチクを披露した。

「じゃ、校長とその人と、あのドラマの女優さん?」
「いや、自分と同じ顔が3人なんだから、全部で4人でしょ」
「それって基準?」
「一番年上の人じゃない?よく知らないけど」

 中途半端な知識と中途半端な考察で盛り上がっていた話が、「ほらほら、授業始めますよ、静かに」という担任の声でお開きになった。

 ◇◇

 杉村妻は、「安物の服」などと言われたことをもう忘れていたけれど、自分がどこでもかしこでもやたらと子供たちから声をかけられる理由を想像もしないし、とくだんおかしいとも思わない。
 ただ感じのいい笑顔で「おはよう」「はい、こんにちは」などと、今日も今日とて返すことだろう。

【『あいさつ通り』 了】
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