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第23章 溺れる
気に障る
しおりを挟む「聞きたいけれど、聞けない」
多分お互いそんな気持ちなんだろうなと思う。
私は、千奈美が私と会ったこと、そしてケーキ屋さんの裏の「高校時代のお友達」の家で私と話したことを、千奈美が「彼」に話したかどうかを知りたい。
そして多分「彼」がそれを聞いたとしたら、「それは本当か?」と私に聞きたいが、その結果、少なくとも1件の浮気が発覚することになる。
自分本位で、しかも割と「読みやすい」人であることが幸いした。
もし「彼」が千奈美と私のつながりを知っていたら、まさに浮気の事実は棚に上げ、ちくちくとそこを詮索してくるだろう。何らかの理由で責めるというのもあり得るし、まずは何より、言い訳から始めるかな。
どう開き直るのか、見てみたい気もしたが、何も言ってこないところを見ると、話は何一つ前に進んでいない。
私は千奈美と「彼」が家を出た後、まだ4時台だったが、すぐに家に入った。
幸奈を連れて帰ってきた「彼」はさすがにぎょっとしていたが、
「お帰りなさい。幸奈をお散歩に連れていってくれたんですね?」と言うと、安心したように表情を崩した。
「ああ。君も楽しめたかい?」
「はい、おかげさまで。この間のお誕生日にケーキを買ってきたお店で、イートインを利用しました」
「店食いできるのか。あれうまかったし、僕も今度行ってみたいな」
彼はイートインを「店食い」と言う。間違っているわけではないが(イートインも使い方は和製英語みたいなものだし)、何となく癇に障る言い方だ。
というより、彼が頻繁に使う言葉やしぐさに、妙な苛立ちを覚えるようになっている。
例えばお金の話題になると、親指と人差し指で円形を作る――まではいいのだが、必ず手の甲を下に向けて、手を激しく上げ下げする。それをを見ると、たまらなく不愉快になる。
これは本件には無関係だけど、とりあえず一番気に障る。ほかにも言い回しの間違いも多いし、挙げ出したらきりがないんだけれど。
まあ、せっかく和やかに会話が進んでいるので、今関係のないことを思い出して不愉快になるのも不毛である。
「そうですね。子連れでも利用しやすいみたいだから、そういうお客さん多いみたいですし」
「そうか。ガキ連れが多いのか――じゃ、ナシだな」
でしょうね。そう思って付け足した情報ですから。「子連れに優しいお店」って。
彼は多分、もともと子供が好きではなかったろうが、子持ちになってさらに悪化したタイプだと思う。
特に何を手伝ってくれるわけではないけれど、子育ての面倒さや辛さのリアルを目の当たりにしている上に、うちの幸奈ほどかわいい(美醜的な意味で)子はいないと信じて疑わないので、よその子をかわいいと思う余裕などあるはずもない。
自己評価が身の丈に対してアンバランスなほど高く、常に女性を下に見たがり、浮気者のくせに嫉妬深い。
私はなぜこの人がいいと思ったのか?
今関係を持っている女たちは――千奈美は、この人のどこにそんなにほれ込んでいるのか?
昔は涼し気で美しい、繊細だと思っていたが、今はただ冷淡で人間味を感じない、つまらない顔に見えるだけだ。
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