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第20章 その空間の片隅
本当に若い娘
しおりを挟む電話の彼女――松下千奈美と名乗った――が、私に声をかけ、対面に座り、私の顔を見て言った一言は「うそでしょ?」だった。
「うそ…って、何が?」
「だって、こんなきれいな人だと思わなかったんです」
「お世辞はいいわよ」
「違います。だって、だって…」
「彼」は千奈美をかわいい、美人だと褒めそやしていたようだ。
確かに彼女は、平凡だがかわいい子ではあると私も思った。
若い娘にありがちな挑戦的な態度(偏見だけど)で「奥様の写真ないんですか?」と言っても、「見せられるような女じゃないから」とか、「やっぱりチナちゃんみたいに若くてかわいい子相手だと、「勃ち」が全然違うんだよね~」と、言っていたのだそうだ。
しかし「彼」は、「~なみ」という女性名の、「み」の部分に何か恨みでもあるのかな。
私は「マナちゃん」で、彼女は「チナちゃん」か。
+++
想像はしていたけれど、千奈美というこの女性はあまり賢くないようだ。
根拠その一、直接話法がやたら耳につく。
あれは主語が紛らわしくなるから悪手だと思うのだ。
根拠そのニ、昼下がりのおしゃれケーキ屋さんのティールームで、いくらぼかした表現とはいえ「立ち」ってあなた…。そういう話って意外と周囲に丸聞こえなのよ。
学校のクラスで孤立し、社会から孤立させられた私は、赤の他人の声が耳に入ってきやすいのだ。その私が言うのだから、「聞けえっ」とは言わないが、参考にしていただきたい。
「私なんて、あなたみたいに若い子から見たらオバサンもいいところよ」
そう言われ、なぜか千奈美はびくっと怯えたような表情を浮かべた。
「私若い…ですか?」
「実際お若いんでしょう?失礼だけど、幾つ?」
「じゅう…ななさいです」
「え?」
「17歳です!」
+++
ちょっと待ってくださいな。さすがにそれは想定していなかった。
そういうのは「若い」ではなく「幼い」と言ってもいいのでは。
高校生だってセックスすることぐらいあるだろうけど、男女交際の一環なんて生ぬるいものではない。「子供ができたから、旦那さんと別れてください」と迫るには、あまりにも幼過ぎないだろうか。
「ええと――今日学校は?」
「具合悪いんで、ここ1週間くらい休んでます」
「…ひょっとして、つわり?」
「はい…」
さすがに責任を感じてしまう。
そういえば、浮気は黙認してきたけれど、お相手の妊娠までは考えていなかった。
17の幼気な少女に手を出していることなんて、もっと想像していなかった。
その私の認識の甘さを、二つまとめて前に差し出されているのだ。
「病院――行った?」
「まだですけど、生理遅れたからチェッカー使ったら、陽性って出て…」
「そうか…」
「どうしよう…赤ちゃんなんて…」
千奈美の口から、「ママにはもうバレてるかも…パパだって…」と出てきたところを見ると、特にネグレクト的な環境ではなくて、多分ごく普通のご家庭のお嬢さんなのではないかと思う。
私はそこで、千奈美がなぜ私の誘いを断らなかったのか、分かった気がした。
電話口での強気な様子では、なるほど、彼女の表情までは分からない。
本当は不安を誰かにぶつけたかったのではないか。
しかし両親にはとても言えないし、一番言うべき「彼」にそれを言ったら、去っていってしまうかもしれない。
千奈美がそういうことを想像したかまでは分からないが、私には、「彼」が冷淡この上ない表情で「そんなもの堕胎せよ」と言っているのが簡単に脳内再生できる。
「それは辛いね…」
千奈美はそこで泣き崩れてしまった。若い子は感情表現が大きい。
(まあ私のもっと若い頃を思い出すと、そうでもなかった気がするけど)
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