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第19章 電話
目印
しおりを挟む「そうだ!あなた、どこに住んでいるの?」
『え、どうしてそんなこと…』
「私の家から割と近いところに、confection Kamiyaってケーキ屋さんがあるんだけど」
『その店なら知ってます』
「明日の今ぐらいの時間に、そこに来られるかな?あなたに会って話したいんだけど」
『それは…ちょっと…』
「もちろん「彼」には内緒よ。お返事次第では話すかもしれないけど」
その言葉はちょっとした賭けだった。
「彼」が不在のときをねらって家に電話をかけてきたということは、自分が何をしたかを、少なくとも今は「彼」に知られたくないからではないだろうか。
デモンストレーションのつもりなら、もっと分かりやすくやった方が得策だから、彼が在宅のときをねらうか、私の携帯にかけてくるかだろう。というよりも、もし私がこの女性の立場ならそうする。
単純な興味として聞きたいことは、幾らでもあった。
どうやってうちの固定番号を知ったの?
彼とはどうやって知り合ったの?
(平日のこの時間に電話をしてくる子が、「役所のバイトの子」とは思えない)
彼のことをどう思っているの?
『わかりました。あの…絶対幸助さんに言わないでくださいね』
「もちろん。女同士の約束よ――あ、変なこと聞くけど、私の顔、知らないわよね?」
『え、ええ…』
「じゃ、どうしようかな…あ、白くて幅の広いカチューシャをつけているわ。バラみたいなお花のモチーフがついているから、すぐ分かると思う」
『はあ…』
「私、多分早目に行くと思うので、それを目印に声をかけてくれないかな。もし同じようなのを着けている人がいたら、赤ちゃんを連れているかどうかで判断してね」
『…分かりました』
白というか、オフホワイトというか、生成に近い色で、レース編みのバラらしき花モチーフがついたものだ。
そのカチューシャを選んだのは、多分目立つだろうなと思ったことが一番大きいけれど、お気に入りだったはずなのに、最近着けていなかったのをふと思い出したからだった。
まだ大学生くらいの頃、彼がプレゼントしてくれたもので、「僕とのデートのときは、絶対にこれを着けてきてね」と言って渡してきたのでそのとおりにしたら、何カ月もしないうちに、「いつもそればかり着けてるけど、ほかのもプレゼントしろっていうプレッシャーかな?」と言われ、遠ざけていたんだった。
あのときは何とも思わなかったけれど、当時から結構なモラ男君だったなあと、苦笑いを誘うエピソードではないか。
「単なる照れ隠しでそんなことを言ってしまう男もいるのだ」という反論もあるかもしれないけれど、照れ隠しにわざわざ当てこすりめいた言葉を選んでしまう時点で終わっているのだ。
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