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第15章 親に戻る

女同士

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 宗太と2回だけ一緒に座ったベンチに、2人で並んで池を眺めるなどする。

「…お話って何ですか?」
「妊娠したって、うそだよね?」
「しましたよ!ちゃんと妊娠検査薬で…」
「あれは飲むものじゃなくて、尿をかけて反応を見るものなのよ。便宜上「検査薬」って言ってるけど、チェッカーみたいなもんね」

「え…」
「ごめんなさい。私、もともと高村さんとはいずれお別れしなくちゃって思ってたから。だから金輪際あなたたちの邪魔はしないわ。でも若葉さんちょっと何だか危なっかしいなって心配になって、ね…」
「あの…」
「あとね、妊娠1カ月っていうのもあり得ないのよ。調べるとわかるけど、計算方法の関係で、妊娠が分かった時点で2カ月くらいになっているのが普通だから」
「そう、なんですか?」
「学校で習わなかった?」
「覚え、ないです」
「そう…」

 聞けば若葉さんは、国立の青葉大学の文学部に在籍中だという。
 この地方では最難関といってもいい学校だった。
 みんながみんなとは言わないが、保体や家庭科はそう重視する科目ではなかったのだろう。

◇◇◇

「でも、真奈美さんは本当にそれでいいんですか?」
「何が?」
「宗ちゃんと結婚したかったんじゃないですか?宗ちゃんだって…」
「高村さんが、何て?」
「あの人はとても不幸な人だから、俺が幸せにしたいんだって」
「そう言ったの?」

 どうやら私が結婚して子供もいるというようなことは、全て伏せて話していたらしい。
 ただ、「哀れな女を好きになって、幸せにしたい」のだと。
 具体的にどうするつもりだったのかは知らないが、決意は固かったのかもしれない。

「なのに、私…」
 若葉が泣き出した。女もまた女の涙には弱い。
「どうしたの?若葉さん」
「ごめんなさい。私、宗ちゃんをどうしても諦められなくて…彼が試験で帰省したとき、最後に一度だけ抱いてって言ったんです。そしたらあきらめるって」

「そのとき(敢えて)避妊しなかったのね?」
「はい…それで妊娠したって言ったら、結婚しようって…」
「そうか――じゃ、本当に妊娠してるかもしれないじゃない?」
「え…でも今月は生理が来たし…」
「そっか。でも、うそをつき続けるのはしんどいよ?」
「…わかってます。頃合いを見て流産したって言おうと思って…」
「その診断だって、病院に行かないと難しいよ」
「…」

「こんなことオススメしていいかどうか分からないけど、今からでも病院に行って、「妊娠は間違いだった」ってお医者さんに言われた――と言質を取った方がいいんじゃないかな?」
「何のために…」
「逆に聞くけど、『妊娠は狂言でした』と正直に言うのと、どっちが言いやすいと思う?」
「あ…」

 宗太は私と知り合う前、若葉と付き合っていた。遠距離恋愛だったのだろう。
 妊娠が間違いだと知ったら、いろいろな意味でショックを受け、心境の変化的なものもあるだろうが、恋人同士だったときを思い出して立て直してもらうしかない。
 所詮「セフレ」だった私には、そこまでの責任は持てない。

◇◇◇

 女同士の秘密の共有のような会話を重ね、若葉はかなり心を開いたようだ。
「真奈美さんって、宗ちゃんから聞いていた話と全然違いました」
「えー?どんなこと吹き込まれていたの?」
「頼りなくて、守ってやらなきゃって思う人だって」
「まあ、頭も悪いしドジで間抜けなのは認めるけど」
「そんな!きれいで自分を持ってて強くて。私あなたみたいになりたい」
「…」

 いたたまれない…。

「ありがとう。私からも一つ、質問していいかな?」
「何ですか?」
「ワカバっていうのは姓?名前?」
「名前です。川上かわかみ若葉って言います」
「そう、いい名前ね。高村さんには『悪い女に気を付けて、幸せに』って伝えて」
「はい!」

 初対面にもかかわらず、フルネームでも姓でもなく、ファーストネームで名乗る――そういうパーソナリティーがしっくり来る女性ってことか。
  少しうらやましいけれど、私は到底そんなふうになれない。

 私はもう少しここで休憩すると言ったら、若葉は振り向きもせずに宗太のアパートに戻った。
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