短編集『市井の人』

あおみなみ

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適材適所 今晩、何食べたい?

【終】着地点

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 クリコが自分のよく分からない、「能力」と表現して差し支えないなら能力らしきものに気づき、半年も経つと、何となくそれを「飼い慣らせる」ようになってきた。

 ふと「自分の」脳内は見ることができるんだろうか?と思って、いろいろと実験した結果、どうやら見ることができないということが分かったのは、高校1年の夏だった。
 鏡の前に立って「冷蔵庫…パントリー…」などと念じたり、スーパーに出かけて、姿の映るものの前で思い浮かべてみても、見ることができなかった。方法としては雑だが、何度も試したので、「見えない」ということでいいのだろうという結論になった。

 俗に、何かを覚えるとき、「写真に撮るように記憶する」と言われる人がいる。
 クリコは記憶力は悪い方ではなかったが、どちらかというと文字というかコトバとして食材を認識する方だったので、もしもイメージを具体的に見ることができるような体質になったのだとしたら、自分の思い違いを訂正できたりして便利だと期待したが、かなわずだった。

◇◇◇

 もう一つ、自分と同じ能力を持つ人が、少なくとも身の回りにはいなそうだな、ということも分かった。

 それとなく自分の状況を、あくまでネタとして話したとして、大抵は「便利かもしんないけど、それが何か?」という反応をされるし、動揺した様子の人もいない。
 それに、同じ能力者同士ならば、出会ったときにハウリング的な何かが起きて、「お前、ひょっとして…」みたいなことがあるかもしれない――と、漫画の読みすぎかというようなことも想像するが、当然、そういうこともない。

 自分が「のぞかれる」立場になったとしても、食べ物だけのことなので、そう恥ずかしいとか、困ったとかいうことはないだろうが、食生活というのはやはりプライベートなので、やはり見られるのは嫌だという人もいるだろう。

 クリコ自身、たまたま見えてしまったのが掃除の行き届いていない冷蔵庫で、思わぬグロ映像を目にして「うぷっ」となることがある。

 人間というのは意外と、冷蔵庫や食品ストックを気にしながら生活しているものだというのが分かったのが、この「能力」を身につけてからの収穫といえば収穫だった。

◇◇◇

 こうなった原因もよく分からない、使いどころも分からない。「君は選ばれしフードファイター(意味が違う…)ラッピ!」などと言う謎の愛玩動物型宇宙生物みたいなのに懐かれる様子もない。

 となると、この状況を楽しむしかないだろうとクリコは開き直った。

 例えば他人のビジョンが見えたことで、自分の食べたいもの、今夜の献立は何がいいかといったアイデアの助けになることもある。

 大学入学のために家を離れてひとり暮らしを始めると、同じように自炊の友達と一緒に、お互いの部屋で食事をつくることもあったが、まだ部屋に行ったことすらないのに、「ご実家から送られてきた大量のじゃがいも」とか、お米の銘柄とかを言い当てて(というか口を滑らせて)しまい、「え、何でわかったの?」と驚かれることがあったので、(おっと、失敗)と思いつつ、セーブすることも覚えた。

 あくまで「新じゃがの季節だから、皮ごと食べられるメニューにしたいな」と、「我がこと」として語ると、ノってきてくれる人もいるし、自分では思いつかないアイデアを出してくれる友人もいる。
そういう友人ができたのも、能力者探しでもないけれど、食材や料理について積極的に話題にするようになったおかげだった。

戸惑いと船酔いのような気持ち悪い記憶はどこへやら、今はこの謎能力のおかげで人生が豊かになった! と、よわいハタチにしてご満悦である。

◇◇◇

 その一方で…

 いつか「なんか小さくてヘンなやつ」に、自分の星の危機を救ってくれと頼まれたり、同じ能力を持つ者とのハウリングがあったり、あるいは、どこかの闇の組織に「このこと」を知られ、研究対象として連れ去られるのでは…という不安が全くないではないのだが、大抵はおいしいものをつくってお腹が膨れると、「ま、いいか」と忘れてしまうのだった。

【『適材適所 今晩、何食べたい?』了】
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