短編集『市井の人』

あおみなみ

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金曜日、絵本を持って

読み聞かせボランティア

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 ボランティアは6年生の保護者中心のようで、4年生からはやよい1人だった。
 だから初対面の人ばかりだが、挨拶さえちゃんとしておけば大丈夫だろうと考えると、中途半端に顔見知りの多い同学年保護者より気楽に思われた。

 ボランティア責任者の説明によると、

〇どのクラスを担当するかは前の週に連絡するので、学年に合わせた本を自分で用意する。
〇学校図書室で貸してもらっても可
〇最初の本の説明と合わせ、10分が目安
〇高学年なら絵のない読み物を朗読する形でも可

 とのこと。

 メモをとりながら、適度にうなずいて話を聞いていると、「4年生からはお一人ですし、心細いかもしれませんが、何でも相談してくださいね」と力強く言われた。
 もちろんヤヨイは、そんなことは少しも考えていなかったので、「えええ…」と思いつつ、何とか「ありがとうございます」とだけ返した。
 とてもいい人のようだけれど、相手が自分を「思いやって」「忖度して」という態度を見せるのも、ヤヨイには少し億劫だった。
 いっそ塩対応で「好きにしてください」程度でもいいのだが、それならそれで傷つくのだろうか?

(よくよく考えると、自分から話しかけてくる人って、みんな優しくていい人そうなんだよな…)

 ヤヨイは自分の気にしいな性格を誰よりも気にしていたので、話しかけてくる人に「うっとうしい」などの悪感情を持ってしまうことにも、実は戸惑っている。
 しかし、せめて素直に質問できるようになったら、自分をもう少し良い方に変えられるかもしれない。
 さすがにこの道ウン十年のコミュ障ともなると、そういう自分の性格を少しは飼い慣らせるようにもなってきているから、そんなことをチラリとでも考えられる余裕はできてきた――気がした。

◇◇◇

 翌週、3年生の担当になったヤヨイは、もともと家にあったモモのお気に入りの絵本を持って学校に行った。
 控室として使われている空き教室に行くと、先回いろいろと説明してくれた責任者の女性がいて、「どんな本持ってきたの?」と興味津々な様子で聞いてきた。

 それは第二次大戦の後のヨーロッパで、1人の少女がいろいろな人の助力で1着のコートを手に入れるまでの心温まる話で、長さといい内容といい、我ながらいいものを選んだと自信満々の1冊だった。張り切って時間をはかりながら練習もした。

 しかし、読んだ女性の反応はというと、
「うーん…悪くはないけど、3年生には難しくないかな?」
「そう、ですか?うちの子が1年生のときに買ったものなんですけど…」
「まあ本が好きな子だったらいいだろうけど。あと、絵もあんまりかわいくないっていうと、ちょっと暗くないかな」

 こんなときに権威を持ち出すのもあれだが、世界的に有名な絵本作家の手になるもので、詳しい人ならその絵のタッチだけで作者名が分かるレベルではある。その人はたまたまご存じないか、好みでなかったのかもしれないが。

「それにこの最後のシーン、クリスマスでしょ?こういうのは12月に読まなくちゃ」
「あ…の…」

 悪くないという割に、ダメ出しの分量が随分と厚い。
 しかし、ヤヨイにはそれしか用意がないので、今さら変更もできない。

「まあ、今日のところはこれでいいけど、次はね」
「はい…」

「私のはこれ。1年生だから幼稚園児に毛が生えたようなもんだし、こういうのでいいのよ」
 そうして見せてくれた本は、これまた世界的に有名なウサギが主人公のものだったが、それこそ「1年生には幼稚すぎでは…」という感想がのど元まで出かかった。絵は見やすいし、話も分かりやすいが、テキスト分量が少ない。これで10分もつのだろうか。
 もともとそう思っても、ヤヨイが自分の意見を言うことなどあり得なかったが、その分、自分の中にいやあな感情が充満するのが分かった。

「そんな意識で読み聞かせなんて、子供に失礼じゃないの?」とか、「いっぱいしゃべるけど、一言一言つまんない人だなあ」とかいう、しゃらくさくて感じの悪い、そういうたぐいのものだ。
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