短編集『市井の人』

あおみなみ

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根古柳四丁目2番15号

【終】夢枕のおじいちゃん

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 家に帰るまでの話題はどうしたものかと考えをめぐらす私の心配をよそに、お祖母ちゃんはかなり生き生きとした顔で、「お祖父ちゃん、あの世でも相変わらずだったねえ」なんて言っているので、私は「そうだね、安心したね」としか返事ができなかった。

「金庫の番号わかんなくて残念だったね」
「そうだね。多分大したものは入っていないと思うんだけど…」
「そうなの?」
「通帳とか大事なものは、すぐ出せるところに置いておいてくれたんだよ」
 
 何だそりゃ…。まあいいや。でも、そりゃそうよね。

+++

「そうだ!アヤちゃん、今度の土曜日か日曜日、時間ある?」
「うん、今のところ両方大丈夫だけど」
「よかった!もうすぐ夏の土用に入っちゃうから、草抜き手伝ってほしいのよ」
「えーっ…まあ、いいけど」
「バイト料はちゃんと出すよ」
「そんなのは別にいいけど」

「お祖父ちゃんはやっぱりすごいね。
 うっかり土用に入ってから草抜きするところだったよ」
「そういえば、どうして今日あの人のところに行ったの?」

「あ、それね。お祖父ちゃんが夢に出てきたんだよ」
「夢?」
「旅行に行ったときの夢だったんたけど、キオスクでミカン買ってたら、『早くしろ、列車が出るぞ』って急かされて」
 
 うん、目に浮かぶようだ。

「朝起きたら、『早くしろ』って言葉がすごく気になったんだよ。何か別な意味があるんじゃないかなって」
「ふうん…?」

+++

 そしてお祖母ちゃんは、ああでもない、こうでもないと考えた。

 公共料金や税金はちゃんと納めている。
 梅干しの仕込みも大丈夫。
 7月だし、衣替えはとっくに終わっている。

 そう考えていって、なぜか「金庫」にたどり着いた。

 でもお祖母ちゃんはダイヤル番号が分からないし、書いてあるメモの類も見つからなかった。
 そこで、お祖父ちゃんが死んでしばらく経った後、お友達に教えてもらった拝み屋さんのことを教えてもらったということを思い出した。

 「旦那さんに会いたくなったら、こういう人に頼んでみな」みたいな感じだったらしい。
 お祖母ちゃんも、興味がないわけではなかったけれど、あまりしようもない用事で行くと、お祖父ちゃんに叱られるのではないかと思って控えていた。

――ということらしい。

「早くしろって、金庫じゃなくて、草抜きのことだったんだねえ」
「…そ、そうだね」
「やっぱりあの人は、しっかり私たちを見守ってくれてるんだね」
「うん」

 お祖母ちゃんがそれで納得したなら、それでいい。

+++

 そんなSFすこしふしぎ体験があったせいか、私はその夜、お祖父ちゃんの夢を見た。

 私が5歳か6歳の頃、平仮名は全部読めるようになったくらいの頃だった。

 お祖父ちゃんは一体、私を何者にしたかったのか分からないけれど、てにをはや句読点、分かち書きを意識して、分かりやすく絵本が朗読できるように、ああだこうだと指導していた。

 字が読めても、言葉の固まりや文章の流れも正確に把握できるとは限らないので、最初はつっかえつっかえだった。
 あまりにも同じ箇所でひっかかり続けると、ちょっと怖い顔になったけど、焦って声が駆け足になると、「ゆっくりでいいぞ」と、少し優しい調子で言いながら頭をなでてくれた。

+++

 『ゆっくりでいいぞ』

 お祖母ちゃんの『早くしろ』とはあまりにも対照的。
 ひょっとして、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんに伝えたかったのって「こっち」なのかも。

「いつでも待ってるから、こっちに来るのは『ゆっくりでいいぞ』」
 とかね。

 まあ、どれもこれも、生きている人間の勝手な解釈でしかないんだけど。

+++

 『ゆっくりでいいぞ』の言葉どおり、お祖母ちゃんがお祖父ちゃんのもとに旅立ったのは、それから10年経ってからのことだった。

 私はよその土地の大学を卒業し、そこで職を得て働き始めていたけれど、何とか大急ぎで帰省し、お祖母ちゃんとちゃんと「お別れ」ができた。

 私の花嫁姿とかひ孫とか、ちょっと楽しみにしていたようなので、それをかなえられなかったのは残念だけど、「アヤちゃん、美人になったねえ」って、はかない呼吸の中から絞り出すように、笑顔で言ってくれた。

(そんなことを言ってくれるのは、お祖母ちゃんだけだよ)

+++

 忌引休暇を終えて帰る前に、我が母校・屋布高校と、そこから歩いて何分もかからない「根古柳四丁目2番15号」のあの場所に行ってみた。

 あの複雑に増築した感じの平屋も、キョウチクトウの木も、もちろん看板もなくなり、更地になっていた。
 建物が建っていた場所が更地になったのを見ると、いつも「ここってこんなに狭かったっけ?」と思うものだけど、今回も例外ではなかった。

 あの拝み屋さんは、今もどこか別のところで元気に数珠を鳴らしているのだろうか。

 しゃれにならない霊感商法は勘弁してほしいけれど、お祖母ちゃんに「土用の土いじり」の注意喚起をしてくれてありがとう。
 私は草抜きをして、何と5,000円ももらっちゃったので、3,000円で欲しかったTシャツを買って、2,000円は貯金箱に入れたっけ。

「まあ、何というか、いろいろ感謝します」

 そんな気持ちを込めて、更地に向かってぺこっと一礼してみた。

【『根古柳四丁目2番15号』 了】
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