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あの手この手
しおりを挟むオミは「麻績ひよこ」の名前で、『ペンの森』のほかにも、いくつかのサイトでもアカウントを取りました。
ヒナの書いた作品が、『ペンの森』のユーザーの好みに合わないだけかもしれないという可能性に賭けたのです。
露出度が高くなれば、その分読まれる機会も増えて、ヒナのよさを分かってくれる人も現れるのでは…という、完全な希望的観測でした。
実際、『ペンの森』と比較してではありますが、多少読んでもらっている感が得られやすいサイトもありましたし、「私も中学生です。ファンタジーとかは書けないので、学校生活のこととか書いてます」とメッセージを送ってきたりすることもありました。
不思議な話ですが、「女子中学生です」と名乗っているユーザーを、オミは全く疑わずに受け入れました。
既にブロックしてしまった「長月朔日」は中学生男子でしたが、「中学生かどうか怪しいものだ」と思ったのに、女子だと自称されると、額面通り受け取っていたのです。
もっとも、例えばそういう少女たちから、「今度会いませんか?」と打診があっても、適当な理由を付けて断ればいいだけです。中学生の立場ならば、「親が許可しない」という言葉を便利に使えますから、危険性はそうないようにも思えました。
というよりむしろ、相手が本当にただの女子中学生だったとしても、ヒナではなくオミが会いにいくしかありませんから、「女の子ってウソだったの?ナンパ目的?何考えてんの?キモッ、ダサッ、ウザッ、訴えてやる」といった罵詈雑言をオミが受けることになるでしょう。
本人の名誉のために言いますが、オミは別にそう嫌悪される容姿や雰囲気ではなく、むしろ感じのいい少年です。
しかし、女の子だと思って会いにいったら男の子が来たとなったら、そういう反応もあり得るでしょうという話です。
見知らぬ男からの強引なアプローチにトキめくのは、あくまで二次元だけのお話なのです。
ヒナが気ままに小説を書き、それを読んでもらうことで笑顔になってくれたら――オミの現在の行動の動機はこれのみですから、彼自身がまるっきり忘れてしまっていますが、「女子中学生の皮をかぶった男子中学生」はむしろオミの方です。
全く自覚はないものの、自分がやっていることは人もやっているに違いないという、自己紹介乙的な発想にほかなりませんでした。
+++
しかしあるきっかけで、複数サイトに載せることにも、限界というかむなしさを覚えるようになりした。
『ペンの森』でヒナが愛読している作家さんの名前を、ほかのサイトでも見かけたからです。
そういう人はほかのサイトでも大きな支持を集めているようで、素人ながらちょっとしたネット有名人に見えました。
オミも試しに読んでみましたが、設定やキャラクター名が全く頭に入ってきません。
また、それがこの人の特徴のようですが、体言止めが多かったり、「読点、読点、読点、句点。」的な、要するにワンセンテンスが長い文章にテンポの悪さを覚え、全く乗れません。
(こんなに戦ってばかりいるやつのより、ヒナちゃんのがずっといいのに…)
美男美女、人の言葉をしゃべるかわいい動物、考え得る贅を尽くしたきれいなお菓子の描写、都合のいい水薬、誰も傷つかない平和な世界、ハッピーエンド――ほぼこういうもので構成された似たような物語が、気付けば20本を越えていました。
でも、架空の国の名前や人名が凝っていたり、小説によってキャラの立場や職業の性別が入れ替わっていたり、彼女なりに工夫もありますから、全部同じ話と言い切るのは乱暴です。
+++
あまりにも読まれないと、いっそやめてしまおうかと思うこともありましたが、そんなふうに考えたときに限って、好感触の感想レビューやコメントがついたりして、オミの後ろ髪を引っぱります。
(もうちょっと、もうちょっと、あと3日ぐらい様子を見よう)と考えると、3日間、コメントはおろか閲覧のゼロという状態に陥ったりします。
ヒナは『ペンの森』ではゲストとして閲覧しています。
ログインすればコメントやブクマもできますが、2人がバラバラに動くことで対応に食い違いが出る可能性もあるので、「コメントしたいときは、僕が代わりにやっておくから」と言って、アカウント名もパスワードも伏せていましたし、ほかのサイトに取ったアカウントについては、そもそもヒナに話してもいません。
自分から進んでフォローした人の中には、フォローバックしてくれた人もいましたが、読んでいる様子はやはりありません。
相互フォローの関係でもそうなのですから、たまたま目に止まって、読んでくれて――という可能性はさらに低いでしょう。
オミはツイッターアカウントの取り扱いでも難儀していました。
どうもSNS的なお付き合いというのが向かないようです。
とはいえ、無名の女子中学生が読んでもらうには、ある程度SNS的な対応が必要なのも事実なようです。
+++
次に、複数のアカウントを取って、自作自演的に閲覧や評価を増やすことも考えましたが、これは多くのサイトで禁止されています。
発覚すればアカウントがBANされたりするようですし、そんなリスクを負ってまでやるのは、さすがに違うだろうと思ってやめました。
いろいろ調べていくと、「〇〇で活動している誰それは副垢で水増しアクセス。許すまじ」みたいな動画をつくり、特定の作家を糾弾している人まで見かけました。
証拠として出している数字や用語の解釈が、不慣れなオミにはよく分かりませんでしたが、もし事実無根だったら、逆に訴えられたりしないのかなと、他人事ながら心配になりました。
ヒナもオミも成績優秀だったので、授業は真面目に聞き(内職禁止!)、定期テスト前は活動を自粛する程度の分別はありましたが、その実、頭の片隅にはいつも「どうしたら読んでもらって高評価されるか」だけがありました。
厳密にいえば、高評価が欲しかったのはオミだけかもしれません。
ヒナが欲しかったのは、「読んでもらった証としてのコメント」でした。
といっても、誹謗中傷、罵詈雑言には傷つくでしょうから、そこをガードするという意味では、オミはいい仕事をしていたと言えます。
+++
(待って。同一人物の複数アカウントが禁止なら――同一人物でなければいいってことか…)
「はい、そこまで!」
期末テストの最終科目、「社会科」を終了10分前にぜんぶ解答し、余った時間で見直すともなしに見直していたオミは、解答用紙回収の寸前でそんなことを考えていました。
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