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秋の小径
蛇足のようなオトナの話
しおりを挟むモモンガのぬいぐるみをみつけたあの日から、何度も春夏秋冬を繰り返し、2人とも大人になって、それぞれ結婚した。
由美子は「優しくて思いやりがある」と思った男性と結婚した。
由美子の夫は酒もあまり飲まず、仕事を真面目にこなし、金のかかる趣味があるわけでもないし、浮気もしない。
幸せな家庭にこだわりを持っていたが、その分、自分の理想からずれたことが起きると、ひどく不機嫌になった。
子供を欲しがっていたので、由美子が「ごめん、今月も来ちゃった」と言うと、殊更大きな音で舌打ちし、「…またかよ」とため息をついた。
由美子は生理が来たことをいちいち報告すること、そしてそれに「ごめん」と一言添えることに疲れ切っていた。
夫のそういう態度がいわゆるモラルハラスメントだと分かっているが、抗議して改めさせるわけでもなく、離婚する気もなかった。ただ、うんざりはしていた。
時々、高校時代付き合っていた誠のことを思い出す。
大学時代も現夫とは違う男性と付き合ったことはあったが、記憶の糸の先にたどり着くのは、誠と歩いた遊園の風景や、スニーカーの底の落葉の柔らかな感触だった。
そして、「もしあのときモモンガのぬいぐるみを持ち帰っていたら、何か運命が変わっていたのかな?」などと、根拠もないことを考えたりする。
もしゲームのセーブポイントみたいに、人生のある場面に戻れるなら、モモンガのぬいぐるみを見つけたあの日に戻り、そこからやり直すだろうなと漠然と思った。
◇◇◇
誠は大学で知り合った会社経営者の娘と学生結婚した。
ざっくばらんにいうと、妊娠がきっかけだったが、次期社長というのにも魅力を感じていた。
卒業後は義父の会社で無難に働いていた。
社長との関係を知ってやっかむ者も多少はいたが、温厚な性格と誠実さで上司に可愛がられ、同僚に親しまれていた。また、社内では愛妻家の子煩悩としても知られていた。
一方で、適度に要領よく女性と遊ぶこともあった。
妻も子も大切にしていたが、都合よく刺激を求める気持ちも否定できなかった。
妻はそれに薄々感づいてはいるものの、家庭をないがしろにしない限り目をつぶっていようと思った。
休みの日には、家族で動物園に行くこともある。
中学生の頃に買ったものとは違うが、モモンガのぬいぐるみを園内のショップで見つけ、ふと高校時代の記憶がよみがえった。
「元気にしてるかな」程度の話だが、由美子のことをうっすらと思い出したのだ。
「パパ、ぬいぐるみ買うの?」
「違うよ。お前は何か欲しいものないか?」
「これがいいな。アルマジロ!」
小さな娘は屈託ない表情で、耳に特徴のある、自分の顔よりも大きなぬいぐるみを両手で大きく掲げた。
「へえ…よくできてるし、なかなかかわいいな」
「でしょ?」
「大事にするんだぞ」
「もっちろん!」
【『秋の小径』 了】
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