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エピローグ

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 トーク番組のオファーが来た。

 この中で、初恋の人を呼ぶ企画があるという。
 これは絶好のチャンス!と言いたいところだが、当然そこにチヒロを呼ぶことはできない。
 「家具の隙間に落とした大事なものを、手を伸ばしても取れずにいる歯がゆさ」に近いものを感じる。

 この枠への出演は、小学4年生のときの担任だった先生に打診した。
 「えーっ、恥ずかしいな」と言いつつ応じてくれた。
 この先生のことは確かに好きだった。
 優しくて、教え方が上手で、俺がチヒロやハルシャギクの話を何度もするのを、嫌な顔をせずに聞いてくれた人だ。

 俺はそのテレビの収録の少し前、ある音楽番組で「ハルシャギク」という曲を作って弾き語りをしたが、結構評判がよく、リリースしないのかという問い合わせが多いらしい。
 後日、個人的に先生にお礼状を書いたら、「あの曲、小学生のとき話してくれた女の子の思い出ですね。この間はこんなおばさんが出しゃばっちゃてごめんなさい。上杉ユウト君ではなく、熊倉雄次郎君として幸あらんことを祈ります。」という返信が来た。

 俺は「ハルシャギク」の発表やトーク番組の後、ファンレターを特につぶさに読むようになった。
 結構な数になっていたが、自分とチヒロしか知らないような内容を書いている子はいないか、それらしき名前の子はいないかを探すため、どうしても必要だったのだ。

 毎日毎日空振りが続いた中、ある1通のハガキが目に留まった。

◇◇◇

 初めてお便りします。田舎の高校生Cと申します。

 『ハルシャギク』聞きました。

 雨の日、木の下で交わしたファーストキスを思い出すような、とてもステキな曲でした。リリースされたら絶対、絶対買います。

 これからのご活躍、遠い街から応援し続けていけたらと思います。

 P.S. 
 ユウちゃんのことがほんとに大好きでした。今は本物のガトーショコラも作れます。

◇◇◇

 イラストも描き添えられていた。
 黄緑の細い茎の先にオレンジの花、そして栗饅頭らしきもの。
 決して上手の絵ではないが、俺に思いを伝えようとしているのが分かる。
 名前も住所もなく、「片山南」の消印があった。

 本物のガトーショコラは自分で食うのかな。家族と食うのかな。
 それとも…

 俺はそのとき、美し過ぎる初恋の終わりを悟った。
 少し胸が痛むが、受け入れられないほどではない。

 俺にとって、「チビ」からの最初で最後のラブレターだった。

【本編 完】
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