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推し活
しおりを挟む『Pumpkin』は、そのとき人気の俳優、アイドルのほか、スポーツとか舞踊とか、あらゆる分野のイケメンが載っている雑誌だった。
当時は「イケメン」という言葉はなかったので、何と呼んでいたのか忘れたけれど、そもそも「それ」を一言で表す言葉はなかったのかもしれない。かっこいい、美形、ハンサム、男前といったところだろう。
上杉ユウトは「美形」と表現されていた。
はかなげな憂いを帯びた細身の容姿で、感情表現の繊細さにも定評があるようだ。
それでいて、最近はバラエティー番組や歌番組の露出で、見かけによらずひょうきんな男の子だという評価もついて、「女性が息子にしたいと思うタレントランキング」でも8位と、割と上位に入っていた。
生年月日からすると、私より2歳上。当時小学校2年生だったユウちゃんと同い年だ。
出身地は「東京」になっている。
そもそも私は、あの家に住んでいたユウちゃんしか知らないから、これだけとって「違う」とは判断できない。
「趣味 ツーリング/特技 ギターの弾き語り」
「好きな食べ物はチョコレートケーキ(意外と甘党デス)」
「好きな色はオレンジ」
「好きなタイプの女の子 家庭的なコ」
「デートするなら 雨の降る日に相合傘で歩きたい ナンチャッテ(汗)」
テンプレートに肉筆で書かれたものが、記事の片隅に載っていた。
「ツーリングが趣味で、ギターの弾き語りが得意な10代の子」なんて、友達の彼氏にもいそうだし、ユウちゃんらしいとは思えない。
でも、「チョコレートケーキ」「オレンジ」「雨の日」なんて、何らかの固定イメージがあってそう言っているようにも見えてしまう――少なくとも、私にとってはそうだ。
あのとき、「嫁さんっていうのは、いつも俺のそばにいて、ご飯とか作ってニコニコしてる女だぞ?」だと言っていた。
上杉ユウトは、本当に「ユウちゃん」なんだろうか?
◇◇◇
事務所の住所も書いてあった。
そもそもあんまりそういう関係に詳しくはないけれど、聞いたことのない名前だった。
同じクラスにいる「識者」によると、わりと新興の事務所なんだけど、最近人気の俳優やアーティストが結構所属しているらしい。
「ファンレターは事務所気付で」の一言に、なぜか胸がぎゅっとした。
あの頃の私は平仮名で、せいぜい名前しか書けなかった。
文章を綴ることなど到底できなかったのだ。
今なら漢字仮名まじりの文章が難なく書ける。レターセットや切手も自分のお小遣いで幾らでも買える。
ファンレターを本人が読んでくれる保証はない。
例えば返信用封筒など入れておけば、サイン入りポートレートをもらえたりするらしいけれど、それは多分ビジネスライクにやることだろう。
私は芸能人の上杉ユウに関心があって手紙を書くわけではない。
例えば今彼が私の目の前に現れたとして、私が「あなたはユウちゃんですか?」と聞いたら、立ちどころに昔を思い出してくれる人かどうか、それが知りたいのだ。
あ、むしろ、もしも本人が読んで、私のことを思い出したら?
有名になった途端、知り合い面してくるうっとうしい女だと思われるかもしれない。
私も17歳になって、そんな面倒で嫌らしいことを考えるようになってしまった。
5歳の気持ちのまま、17歳の能力や世間知で事に当たれたらよかったのに。
17歳の能力には17歳の気持ちが張り付いている方が据わりがいい。
つまり、「うわ、面倒くさい」なんて思われたらどうしよう――という不安だ。
あくまでファンレターとして、ただ単に「ファンです。応援しています」でもいいはずなのに、「ユウちゃん」に認識してほしいという気持ちも捨てきれない。
というより、いろいろなことが偶然にも一致しただけで、全くの別人である可能性だってゼロではないのに、私は何をぐるぐるしているんだろう。
◇◇◇
日曜日の午前中、大物芸能人がMCを務めるトークバラエティー番組のゲストが上杉ユウトだった。
再現ドラマをやったり、ゆかりの人物を呼んだりする企画が人気らしい。
「両親と幼い頃に死別し、祖父母に引き取られる」というナレーションとともに、そのときの様子が再現されていた。
子供も大人もみんな身なりがよく、きれいで立派な家からさらに立派な家に引き取られているような描写。きょうだいがいるような様子はなかった。
再現ドラマを見た後、ラフな語り口の番組ホストがしみじみ言った。
「まだ小さいうちに、そんな苦労をしていたんだねえ」
対するユウトは、涼し気な顔で無難に答えた。
「生活環境がガラッと変わったのでマゴマゴしましたけど、祖父母は本当にオレを大事にしてくれたので、これから少しでも恩返ししたいと思っています」
「なるほどねえ…」
多分これでまた、ユウトの好感度が上がったろう。
自然体で率直で、「本当にそう思って言っているんだろうな」という雰囲気がある。
女の子に人気のあるアイドルなどをバカにしたり僻んだりしているクラスの男子たちも、ユウトには好感を持っている人が多いみたいだ。歌がいいとか、演技がうまいって評価する人もいる。
再現ドラマについては、テレビ的に「不適切な部分」を伏せているだけなのか、ただの真実なのは分からない。
「初恋の人」として番組に招かれたのは、小学校4年生のときの担任の先生だった。
当時29歳、現在38歳だが、年齢より若く見える、とてもきれいで聡明な雰囲気の女性だった。
同僚の先生と結婚したとき、上杉ユウトは「一晩中泣いた」というエピソードを披露していた。
一緒にテレビを見ていた母は、「学校とか幼稚園の先生が初恋って、随分無難なオチだよね」 と、ちょっとひねくれたことを言った。
実際、真相はそんなものだったかもしれない。
人気急上昇、売り出し中の俳優が、本気の初恋など相手を召喚したら、その人が不特定多数の人に攻撃されるかもしれないし、上杉ユウト自身の人気にも影を落とすだろう。
◇◇◇
結局私はファンレターを書き送ることをいったん断念し、その後、私が初めて興味を持った芸能人が上杉ユウト――というふうに考え直すことにした。
今の言葉でいう「推し」というやつだ。
推しのいる生活は楽しい。
触れるメディア――雑誌、テレビ、ラジオ、映画、全てがユウト基準になるし、「ユウトが好きそう」という基準で持ち物やファッションを選んだりもした。そのせいか、身の回りにやたらオレンジや黄色が増えた。
高校3年になり、大学の推薦入学が決まった後にバイトを始め、そこで知り合った2歳年上の大学生と付き合い始めた。
ユウトとは似ても似つかないが、誠実で優しい人で、甘いものが好きだというので、バレンタインデーにはガトーショコラを頑張って手作りした。
ユウちゃんがあの日、砂場で「うまいうまい」と食べてくれたケーキだ。
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