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第29話 おじさんのキッチン【妻】
しおりを挟む第27話「土曜日」の続きです。
◇◇◇
「おじさん」の腕の中で目を覚ましたら、午後3時だった。
お昼ご飯も食べずに“あんなこと”をして、眠気に任せてとろとろとしているうちに。
おじさんはまだ目を閉じている。
ここに再び来ることがあるかどうか、それは分からない。
家から歩いて数分の、しかし地元の人もあまり知らない、意識もしないこの場所。
夫はよく、近所のことを知りたいと言ってひとりで散歩をすることがあるが、話に出てくるのは、わずかに生き残った商店街の和菓子屋さんとか、比較的最近できた書店のことだったりするので、この辺りに来ている様子はない。
(灯台下暗しともいうし、私さえ気を付けていれば、またここで…)
(いや、さすがに駄目でしょ。こんなことはこれっきり…)
ふたつの思いが頭の中でにらみ合っている。
漫画の表現でよるある「天使と悪魔」の状態だけど、「天使」の方だって、「だまっていれば、今までのことはなかったことになる」って思っていそうな時点で、天使が聞いてあきれる。
とりあえず、今日のところは帰ろう。おじさんには置手紙でもして――と思ってベッドから起き上がろうとしたら、たくましい腕に力が入った。
「…どこに行く?」
おじさんは、そう言いながら私を組み敷くように上に覆いかぶさたった。
低い声と鋭い眼光に、一瞬がんじがらめにされたような錯覚に陥る。
「あの、帰ろうかと…」
「まだいいだろう?」
「でも――お腹も空いちゃったし…」
「え?ああ、もうこんな時間か…何かつくろう」
「え?」
「冷蔵庫にあるもので適当に何か作るから、まだ帰るなよ」
◇◇◇
私も手伝う、と言ったが、「じゃ、そこに座って、話し相手にでもなってくれ」と、ダイニングテーブルに着かされた。
いすは一応4脚ある。
リビングセットも立派なものではあったが、ここに来客なんてあるんだろうか。
「最近は店屋ものっていっても、ピザくらいしかないからな」
「そういえば、私が子供の頃は、ラーメン屋さんやお寿司屋さんから出前取ることも割とあったけど」
「店なんてあった?」
「どちらも今は、畳んじゃったり移転したりで」
「だよなあ。あの――どんぶりにラップ張って輪ゴムではめたりしたやつ…」
「あー、あれを取るときって、結構緊張しますよね、びしゃって来そうで」
「それそれ」
生活感漂う、他愛もない話をしながら、おじさんはチャーハンとスープをつくってくれた。
「ほらっ、召し上がれ」と出してくれたそれは、本当に「ラーメン屋さんのチャーハン」仕様だった。
八角皿に丸く盛り付けられた、ご飯が適度にパラッとしたチャーハンには、ごつっとしたチャーシューと卵、ピンクのカマボコ。
白髪ねぎとエノキダケ、コーンが入ったスープが添えられている。
それらをチリれんげで食べた。
「おいし…」
「豚脂を使ってるんだ。体によくないって分かっているが、旨味が出るからね」
「おじさんが――ラード?」
「年を考えろってか?毎日食べてるわけじゃないよ」
「じゃなくて、おじさんがお店でラード買うんだなあって」
「何だそりゃ?」
明るいキッチンの空間が、渋めのエロおじさんを、気のいい振る舞いおじさんに変えてしまった。
(と言いつつ、キッチンでもシたことあるけどね)
ラードといえば、夫の勤めている会社でも扱っていて、一度2キロ入りの業務用ラードをお土産に持って帰ってきたことがあったけれど、結構持て余した。
コロッケを揚げるのに使って、「おいしいけど、太りそう~」なんて笑いながら食べたっけ。
おじさんはさすがにマヨネーズっぽい容器に入った、スーパーでも手に入りやすいタイプのものだろうけど、おじさんがかごを下げて、スーパーの商品棚からこれを取っているというのを想像しただけでも、何となくシュールささえある。
「そういえば、おじさんってひとり暮らしなの?」
私としたことが、今さら何て間抜けなことを聞いてしまったんだろう。
おじさんも一瞬ポカンとした顔をしたが、少し笑ってから、「今はね」と答えた。
ということは、過去には同棲や結婚もしたことがあったのかもしれない。
聞いてみたい気持ちもあるが、私はおじさんが自分から話さない限り、「今」についての質問しかしないようにしていた。
うーん、うまく言えないんだけど…「今何食べたい?」は簡単に聞ける。そのときの気分で答えてもらえるからだ。
でも、「どんな食べ物が好き?」とは聞けない。好物でも食べたくないときってあるだろうから、聞いてもあまり意味がない。
そういうざっくりした質問の答えは、一緒に生活している人が知っていれば十分なのだ。
「どんな女を抱きたいと思うか?」じゃなく、「今私を抱きたいか?」が重要ってこと。
それくらい私とおじさんの間柄は刹那的で、そしてセックスしかない。
結婚前、時々遊びにきていたときは、お茶や既製品のお菓子を出してくれたことはあったけれど、料理を振る舞ってもらったのは今回が初めてだった。
私が食べ終わるのを見計らって、温かなジャスミン茶がすっと差し出された。
渋い容姿とセックスのうまさだけでもポイントが高いのに、ほんとに何なの、この人は。
「それを飲み終わったら、また君を抱かせてよ」
「え…」
この状況でこう言われて断れる女がいると思う?
◇◇◇
おじさんの言われるがままになるということは、すなわち、「自分の本能に素直になる」ということでもある。
「君が俺のつくったものを食べ、俺は君をこうして食べる」
「う…ん…」
おじさんは私だけを全裸にし、自分は着衣のまま私の体の両脇をゆっくりとなぞったかと思うと、やにわに乳首にかみついてきた。
しばらくちゅぱっ、ちゅぱっと音を立てて吸い上げ、そうしながらも手も巧みに動いている。
この人のすごいところは、自分のしたいことを自分本位にしながら、私を昇天一歩手前まで引き上げてしまうところだ。
「あ、あぁ…ん」
「その顔、その声…たまんないね」
「あんまり…見ないで…」
「冗談だろ?君の一番美味いところは、そのエロい顔なのに」
「もおっ…ん」
「ね、ちょっと立ってみて」
「え、何するの?」
「こうして、少し脚を広げて…」
「あ…」
おじさんに言われたとおりにすると、おじさんは私の前にしゃがみ込み、吸い付くようにヴァギナをなめ、やがて吸い始めた。
クンニリングスが純粋に気持ちイイっていうのは、多分男性でも想像はつくと思うけど、姿勢によって「気持ちよさ」の性質や度合が少しずつ違う――っていうのは、まさにおじさんに教えられたことの一つだ。
ベッドの上でされると、何といっても安心感があるのがいい。
いすやベッドに腰かけた状態だと、多分一番快感が強い(気持ちいいというか、強いのだ)。
女性は座位のとき、一番クリトリスが敏感になるって何かの本で読んだ。個人差もあるだろうけど、私はそれを知ってから、自慰行為も意識的にその姿勢ですることが多くなった。
そしてこんなふうに、立たされた状態で吸い付かれていると、そのアブノーマルさで興奮する。
殊更大きな音を立てているのが分かる。時々顔を上げて、「ん。君のスープもとってもうまいよ」とか、「この角度から見たおっぱいのカタチが絶妙なんだよね」などと言って、私が恥ずかしがる様子を楽しんでいるのがまた憎らしい。
「おじさんの…ばあか」
「こら、そんなことを言う子はオシオキだ」
夢中にまさぐり合い、劣情をぶつけ合うような交わりに私は溺れた。
立った姿勢でのクンニリングスの最中、おじさんは指で私の股間をもてあそびながら、口をももの付け根のあたりに移動させた。
一瞬チクッとした痛みを感じても、そのときは特にその意味を深くは考えなかった。
◇◇◇
激しく甘いセックスをして微睡んで――を2度繰り返し、7時半頃目を覚ました後、シャワーを借りてから家に帰ると、もう夫が帰ってきていた。
靴も脱がないうちに抱きしめられて、少しだけ罪悪感を覚えたけれど、こんなに機嫌がいい彼を見るのは久しぶりなので、されるままになった。
お土産は名物の最中だった。
「これ好きだろう?」と言われたけれど、私、そんな話したことあったかな。
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