ポンチョとヘルメット

あおみなみ

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ある短い会話

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 昨日の夕方、近所のスーパーに散歩のついでで入りました。
 野菜も冷凍肉もあったので(何なら下ごしらえも終わっていたので)、買うものといったら残り少ない調味料、お菓子、飲み物程度でしたが、その程度の買い物でも気分転換にはなります。

 私の並んだレジの前には、小柄な60歳から70歳という感じの女性がいました。
 女性はショートボブに眼鏡でおっとりした印象の方で、カラフルなパッチワーク風のポンチョを着ていました。
 少し離れたところにいた同行らしき男性は非常に大柄で、息子さんにも、少し年下のお連れ合いにも見える年年格好です。

 会計が終わった後、女性は身振り手振りで「レジ袋をもう1枚」的なことを言い?ました。
 声に出して何か言ったわけではないのですが、とても手振りが大きかったので、従業員さんはすぐにその意図をくんだようです。

 私は「ひょっとして耳が不自由な常連さん……かな?」と思いつつ、もめたり手間取ったりしていたわけでもないので、その時点では何も気にしていませんでした。

 結果的に買ったアイテム数が少なかった私のほうが袋詰めが早く、自転車で帰ろうと袋をかごに入れて帰ろうとしました。
 すると、先刻のポンチョの女性(以下、ポンチョさん)が私に近づいてきて、身振り手振りで何かを話しかけてきました。マスクの上から見える目は笑っているし、何となく友好的なオーラがあるものの、自分の頭を指差したり、私のほうに手のひらを向けたりするしぐさの意味が分かりません。

 あいまいにごまかして立ち去ろうと思ったら、ポンチョさんは何か茶色っぽいものを取り出しました。
 メタリックで小型の、ライトっぽい形のものです。
 もっともそのときは、「金属製で薄茶色っぽい」としか分からなかったので、何か端末的な――スマホとかPDAとかにも思えました。

 レジのところのジェスチャーで、勝手に耳が不自由(というか、口話が苦手またはできない)なのだと勝手に思っていたのですが、ひょっとして聞こえるけれど口話ができない『デュラララ』のセルティ・ストゥルルソン的な……と考え直すと、真実は私の想像の外のものでした。

「ヘルメット、かわいいですね」

 You Tubeでおなじみの『ゆっくり劇場』的な、抑揚のない人工的な音声でそうおっしゃるのです。
 どのように使っているのか、暗くてよく見えませんでしたが、どうやら何らかのご事情で発話できない方が、ある機器を使って「発話補助」しているようです。

「あ、ありがとうございます」

 私が自転車に乗るときに使っているメットは、黒くて小さなつばがついており、側面が青っぽいチェックというデザインです。もちろん自分でも気に入って買いましたが、以前も通りすがりの女性に、「かわいー。どこで買ったんですか?」と声をかけられたことがあったので、どうやら刺さる人には刺さるデザインのようです。

「どこで買ったんですか?」
「あ、ネットで注文して買いました」
「どこのお店ですか?」
「楽天でデザインと値段で選んだので、お店の名前まではわかりません」
「私、ネットとかは全然分からないです」
「ホームセンターや自転車屋さんでも買えるかもしれません」
「幾らでしたか?」
「1,500円まではしなかったと思います」
「安いですね」
「そうなんです。届くまでには時間がかかりましたが」

 こんな感じで、思いのほか話し込んでしまいました。

 ちなみに私の話し方は、これよりもう少しだけ丁寧で、しかもスローテンポでした。
 外国の方と日本語で会話するとき、そんなふうになることがあります。
 ポンチョさんは声を出すことができないだけで、聞き取れないわけではないのでおかしな話ですが、非日常的なシチュエーションで、少し「構えて」しまったのだと思います。

 最後に「着けてみてください」と言うのでかぶり、留め具を装着すると、「かわいい、かわいい」と言って手を振り、言いながら、同行の男性の待つ車に乗り込んでいかれましれた。

***

 家に帰るとすぐ、ネットで「発話 補助」と検索してみると、ドイツ・ドイツゼルボーナ社の「ゼルボックス デジタルXL電子補声器」というものが出てきました。形状からして、多分これではないかと思われます。
 なかなかいいお値段ですが、自分が伝えたいことを、できるだけそのまま伝えられるツールとしては、非常に優秀なのだと思います。

 発話できない理由はいろいろありますが、今のところ私には必要のないものです。それでも後学のため、こういうものの存在を知って損はありません。
 インターネット環境があるおかげで、こんなふうにざっくりとした情報とはいえ、都度都度調べてある程度納得できるものを得られます。

 ポンチョさんが「インターネットは分からない」とおっしゃっていたのは、生活の中にアクセスできる環境がないのか、あっても使わないという意味なのかはよく分かりません。
 でも、私よりもずっとネット環境があったほうが便益を感じられるだろうに……と思うと、よそ様のことながら、少し歯がゆい気持ちになりました。

 明るく朗らかでおしゃべり大好きな、感じのいいご婦人との会話は普通に楽しいものでした。

 「偏見を持たない」とか「視野を広く持つ」などは、自分がそうありたいという純粋な希望だけでなく、「他人からそういう人だと思われたい」というスケベ根性からも湧いてくるものだというのは、残念ながら否定できません。

 と、嫌らしい前置きをした上で。

 おしゃべりが大好きそうな人が自力で声を出すことができないという事実に、やっぱり切ないものを感じました。
 事情も知らずにそんなふうに思うことは失礼だし、侮辱的だと取られても仕方ないとは思うものの、それが胸に生じてしまった本音でした。
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