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それでも ホワイトクリスマス
白いクリスマス
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雪も何とか止み、翌日は実に気持ちよく晴れた。
といっても、すぐに解けてしまうほどヤワな積雪ではない。
かといって、何となくミニスキーをしようという気にもなれず、家でおとなしくすることにした。
電気もガスも相変わらず止まったままだったので、ストーブで沸かしたお湯で、祖母にホットチョコレートを作ってもらった。
――というとかなりおしゃれに聞こえるが、そんなものではない。
アルファベットチョコレートを2、3個カップに入れ、熱湯を注いでカシャカシャとスプーンで混ぜて作るのだ。ミルクっぽさが欲しければ、コーヒーに入れる粉末のミルクを入れる。
多分、今これを出されて「おいしい?」と聞かれたら、「うん」と言い切るには割と無理をしなければならないだろうけれど、温かくて甘い飲み物を体に入れると落ち着く。
私はあのとき、「うん、おいしい」と笑って言ったはずだ。
終夜放送の『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』を民放ラジオでやっていた。
ラジオは電池式なので、その状況でも問題なく聞くことができた。
しまり屋の祖母が、「電池がもったいない」とも言わず、1日中流していた。
そういえば電話には全く注意を払わなかったけれど、電話回線は無傷だったんだろうか。
冬休み初日ということもあったけれど、宿題に手をつける気にもならず、なぜか1日中祖父母の部屋にいて、小さなビーズの穴に糸を通しながら、いろいろな話をした。
「あんたは器用だね。じいちゃんに似たのかな」
祖母が繕い物をしながら言った。
「え?器用かなあ。図工はいっつも3だよ」
「だって左手に針持って、右手でビーズ通して。すごいよ」
(えー…そういう見方か)
私は右利きなので、針は右手に持つのはず…というのが祖母の見解のようだ。
しかしビーズ通しというのは、細かいビーズをどう扱うかの方が重要なので、利き手でつまんだビーズを左手(ほとんど動かさない)に持った針に通すというのは、私には非常に自然なことに思えた。
ナイフとフォークだって、フォークの方が実際に食べるときに使う食器だからメインに見えるけど、肉や魚を切るときは、フォークを左手に持って料理を押さえて、右手のナイフで切る、まさにあのイメージだ。
そのときは、私が思いついたことを何となく話したり、ラジオから聞こえたことを話題にしたりしたので、次から次へと話が流れていったけれど、「ああ、言われてみると、本当のところどうなんだろう?」と、ビーズ通しのことを後々時々思い出すようになった。
+++
「クリスマスっていえばさ、おばあちゃん」
「何だい?」
「5歳のとき、横にすると目をつぶるお人形もらったけど」
「ああ――あれは当時結構高かったんだよ」
(今さらここで「えっ、サンタさんが持ってきたんじゃないの?」と突っ込むと、話が前に進まないのでスルー)
「実は私、クリスマスになる前に、おじいちゃんとおばあちゃんの部屋に、あのお人形があるのを見ちゃったんだ」
「へえ、そうだったのかい」
「私はあのお人形がすごく欲しかったから、本当なら喜んでいいところなんだけど、実は悲しかったの」
「なんでだい?」
「『おじいちゃんたち、これ誰にあげるために買ったんだろう?私も欲しいって言ってたのに』って思ったから」
「へ?」
「理由はわかんないんだけど、私に買ったものだって思えなかったんだよね」
「へええ、なんでだろうね。可笑しいね」
祖母は繕い物の糸に、ピリオドみたいな玉結びを作り、舌切り雀のおばあさんみたいなハサミでちょんと切った。
「あんたって昔から遠慮っぽかったね。優しいのはいいところだけど」
「そうかな」
「昨日だってあのパン、本当は食べたかったのに、マサシ(弟)に譲ったろう?」
「いや――だって、マサシはすぐ泣くし、ケンカになるのは嫌だったし…」
「いいお姉ちゃんだよ。タケシ(兄)にも見習ってほしいもんだ」
「はは…」
とはいうものの、私と弟のマサシはよくケンカをした。それでも確かにおやつ争奪みたいなのが引き金になることは少なかったと思う。
結構年が離れていたので、そういうことで同列になって争うのは格好悪いという意識があったのかもしれない。
だったら――いったい何が原因でケンカしたんだっけ?
多分、自分に都合の悪いことだから、忘れてしまったのだろう。
祖母に褒められたのが恥ずかしくて、ちょっと無口になった。
口うるさいし、やたらと迷信を持ち出したり、古い常識を押しつけがちなところは苦手だったけれど、祖母のことは嫌いではなかった。
結構私のことをよく見てくれていたのだ。
+++
余談だけど。
実際、生前祖母にされて一番困ったのは、高校生くらいの頃、私に男の子から電話がかかってきたときに、名前をメモし忘れて、「心当たりの名前全部言ってみな」という無茶ぶりをされたことくらいだった。それだって今となっては笑い話で済む――かもしれない。
+++
その日の夜になる前には、電気だけは何とか復旧したので、電気炊飯器でご飯を炊くことはできた。
ただし、ガスが復旧しないと、まともに煮炊きができないので、おかずといえばふりかけ、漬物、納豆くらいしかない。
最初の1日は、いつもみたいに嫌いなものを食べろとガミガミ言われることもなく、堂々と「おかかしょうゆライス」が食べられたのがうれしかった。
そういえば、我が家は都市ガスだったために復旧に時間がかかったらしい。
近くの長屋状の貸家が何棟かあったけれど、そこはガスはプロパンだったので、そういう苦労はなかったらしい。
復旧した電気もかなり不安定で、夜テレビを見ている最中にふっと暗くなることが何度かあった。
ちょうど『木曜スペシャル』で、その年のニュースをコント風に紹介していて、「具志堅用高さんが婚約を発表」というので、アフロのかつらをつけ、ボクサースタイルの役者さんが、ウェディングドレスを着た女性をお姫様抱っこしているシーンで「ぷっ」とテレビが消えてしまったのが、妙に目に焼き付いてしまった。
こうして思い出を並べてみると、本当にトリビアルなことほどよく覚えているものだと、我ながら感心してしまう。
ある意味「究極のホワイトクリスマス」だったというのに、外の白銀の光景ではなくて、家の中でわちゃわちゃやっていたことや、家族との何ということもない会話を思い出してしまう。
チキンもロールパンも、特に印象に残る味ではなかったのに、お代わりしたおかかしょうゆライスの絶妙なおいしさは忘れない。
「…くりすますって、なにそれおいしいの?」状態だ。
といっても、すぐに解けてしまうほどヤワな積雪ではない。
かといって、何となくミニスキーをしようという気にもなれず、家でおとなしくすることにした。
電気もガスも相変わらず止まったままだったので、ストーブで沸かしたお湯で、祖母にホットチョコレートを作ってもらった。
――というとかなりおしゃれに聞こえるが、そんなものではない。
アルファベットチョコレートを2、3個カップに入れ、熱湯を注いでカシャカシャとスプーンで混ぜて作るのだ。ミルクっぽさが欲しければ、コーヒーに入れる粉末のミルクを入れる。
多分、今これを出されて「おいしい?」と聞かれたら、「うん」と言い切るには割と無理をしなければならないだろうけれど、温かくて甘い飲み物を体に入れると落ち着く。
私はあのとき、「うん、おいしい」と笑って言ったはずだ。
終夜放送の『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』を民放ラジオでやっていた。
ラジオは電池式なので、その状況でも問題なく聞くことができた。
しまり屋の祖母が、「電池がもったいない」とも言わず、1日中流していた。
そういえば電話には全く注意を払わなかったけれど、電話回線は無傷だったんだろうか。
冬休み初日ということもあったけれど、宿題に手をつける気にもならず、なぜか1日中祖父母の部屋にいて、小さなビーズの穴に糸を通しながら、いろいろな話をした。
「あんたは器用だね。じいちゃんに似たのかな」
祖母が繕い物をしながら言った。
「え?器用かなあ。図工はいっつも3だよ」
「だって左手に針持って、右手でビーズ通して。すごいよ」
(えー…そういう見方か)
私は右利きなので、針は右手に持つのはず…というのが祖母の見解のようだ。
しかしビーズ通しというのは、細かいビーズをどう扱うかの方が重要なので、利き手でつまんだビーズを左手(ほとんど動かさない)に持った針に通すというのは、私には非常に自然なことに思えた。
ナイフとフォークだって、フォークの方が実際に食べるときに使う食器だからメインに見えるけど、肉や魚を切るときは、フォークを左手に持って料理を押さえて、右手のナイフで切る、まさにあのイメージだ。
そのときは、私が思いついたことを何となく話したり、ラジオから聞こえたことを話題にしたりしたので、次から次へと話が流れていったけれど、「ああ、言われてみると、本当のところどうなんだろう?」と、ビーズ通しのことを後々時々思い出すようになった。
+++
「クリスマスっていえばさ、おばあちゃん」
「何だい?」
「5歳のとき、横にすると目をつぶるお人形もらったけど」
「ああ――あれは当時結構高かったんだよ」
(今さらここで「えっ、サンタさんが持ってきたんじゃないの?」と突っ込むと、話が前に進まないのでスルー)
「実は私、クリスマスになる前に、おじいちゃんとおばあちゃんの部屋に、あのお人形があるのを見ちゃったんだ」
「へえ、そうだったのかい」
「私はあのお人形がすごく欲しかったから、本当なら喜んでいいところなんだけど、実は悲しかったの」
「なんでだい?」
「『おじいちゃんたち、これ誰にあげるために買ったんだろう?私も欲しいって言ってたのに』って思ったから」
「へ?」
「理由はわかんないんだけど、私に買ったものだって思えなかったんだよね」
「へええ、なんでだろうね。可笑しいね」
祖母は繕い物の糸に、ピリオドみたいな玉結びを作り、舌切り雀のおばあさんみたいなハサミでちょんと切った。
「あんたって昔から遠慮っぽかったね。優しいのはいいところだけど」
「そうかな」
「昨日だってあのパン、本当は食べたかったのに、マサシ(弟)に譲ったろう?」
「いや――だって、マサシはすぐ泣くし、ケンカになるのは嫌だったし…」
「いいお姉ちゃんだよ。タケシ(兄)にも見習ってほしいもんだ」
「はは…」
とはいうものの、私と弟のマサシはよくケンカをした。それでも確かにおやつ争奪みたいなのが引き金になることは少なかったと思う。
結構年が離れていたので、そういうことで同列になって争うのは格好悪いという意識があったのかもしれない。
だったら――いったい何が原因でケンカしたんだっけ?
多分、自分に都合の悪いことだから、忘れてしまったのだろう。
祖母に褒められたのが恥ずかしくて、ちょっと無口になった。
口うるさいし、やたらと迷信を持ち出したり、古い常識を押しつけがちなところは苦手だったけれど、祖母のことは嫌いではなかった。
結構私のことをよく見てくれていたのだ。
+++
余談だけど。
実際、生前祖母にされて一番困ったのは、高校生くらいの頃、私に男の子から電話がかかってきたときに、名前をメモし忘れて、「心当たりの名前全部言ってみな」という無茶ぶりをされたことくらいだった。それだって今となっては笑い話で済む――かもしれない。
+++
その日の夜になる前には、電気だけは何とか復旧したので、電気炊飯器でご飯を炊くことはできた。
ただし、ガスが復旧しないと、まともに煮炊きができないので、おかずといえばふりかけ、漬物、納豆くらいしかない。
最初の1日は、いつもみたいに嫌いなものを食べろとガミガミ言われることもなく、堂々と「おかかしょうゆライス」が食べられたのがうれしかった。
そういえば、我が家は都市ガスだったために復旧に時間がかかったらしい。
近くの長屋状の貸家が何棟かあったけれど、そこはガスはプロパンだったので、そういう苦労はなかったらしい。
復旧した電気もかなり不安定で、夜テレビを見ている最中にふっと暗くなることが何度かあった。
ちょうど『木曜スペシャル』で、その年のニュースをコント風に紹介していて、「具志堅用高さんが婚約を発表」というので、アフロのかつらをつけ、ボクサースタイルの役者さんが、ウェディングドレスを着た女性をお姫様抱っこしているシーンで「ぷっ」とテレビが消えてしまったのが、妙に目に焼き付いてしまった。
こうして思い出を並べてみると、本当にトリビアルなことほどよく覚えているものだと、我ながら感心してしまう。
ある意味「究極のホワイトクリスマス」だったというのに、外の白銀の光景ではなくて、家の中でわちゃわちゃやっていたことや、家族との何ということもない会話を思い出してしまう。
チキンもロールパンも、特に印象に残る味ではなかったのに、お代わりしたおかかしょうゆライスの絶妙なおいしさは忘れない。
「…くりすますって、なにそれおいしいの?」状態だ。
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