60 / 82
素直になりなよ
肉が食いたい
しおりを挟む美晴の料理は味は悪くないが、何となく全体的に貧乏くさかった。
分かりやすく言うと、肉より焼き魚とかを出したがるし、「タンパク質食いたいよ~」ってダダをこねるみたいに言うと、「お豆腐も卵もあるじゃん」と反論してきた。
納豆なんて死んでも食いたくないから、アレを出したときは、「こんなじゃなくてさ、ちゃんと食べ物出せよ!」と怒鳴ったら、二度と食卓には上らなくなった。
彼女は週の8割以上は俺の部屋で過ごしているから、料理も当然、俺んちのキッチンだ。
キッチンに関しては、家主の俺より、どこに何があるかを把握しているはずだ。
そこそこでかい冷凍冷蔵庫もあるし、コンロにはちゃんと魚焼きグリルもある。
彼女が俺の家のキッチンで不便することは何もないはずなのに、焼き魚や葉物のお浸し、卵焼きみたいな手抜き料理をちょいちょい出すのも何となく癇に障る。
家賃は全部俺持ちで、彼女は俺のところの光熱水費を半分払ってる。
加えて食費として3万円も出してやっているんだから、もっと「やれる」はずなのになあ。
肉じゃがの肉はもっと多くてもいいと思ってそう言ったら、人気の料理研究家のレシピでそうなっていたとか、「じゃがいもだって第二の主役なんだから」とか言い訳ばかりだ。俺、正直玉ねぎもじゃがいもにんじも要らない。この味で肉だけって料理でもいいくらいなのに。
◇◇◇
そりゃまあ文句は山ほどあったが、手際が悪いわけでもなく、味音痴でもない。やればできる女だ。
結婚を前提に付き合っているわけだし、「君の部屋、もうそろそろ引き払って…本格的に俺んちに来ないか?」と持ち出そうとしたら、彼女がいなくなった。
「なんかもう、いろいろいいです」という手紙だけ残して。
何だよ、これ。意味わかんないよ。
彼女はその直前まで、3日ぐらい俺の家に来なかった。
ちょうど土日祝の3連休だったけど、俺も仕事が片付かなくて相手してやれないから、「そうか」とだけ返事した。
連休最後の日の、俺が不在の間に手紙を置いていったらしい。
慌てて彼女に電話したら着信拒否になるし、チャットツールも、SNSのダイレクトメール機能も、全ブロックされていてた。
住んでいたはずのアパートを訪ねていったら、既に空室になっていた。
◇◇◇
俺、美晴のことが大好きだ。
これは過去形じゃない。
テレビで色っぽい美人女優が酒のCMに出ていたのを見た後、「こういうのはちょっと毒々しくてアレだな。その点お前は本当、ちょうどいいブスだよな」って言っても、「ひどいっ」って言いながら明るく笑っていたっけ。
本当はその顔がまぶしいくらいに魅力的だったことを伝えたかったけど、「ブス」と言った手前、飲みこんじまった。
どうでもいいことで結構怒ったりした気がする。
確かに俺、結構わがままだった。
あんなじゃ、器の小さいやつって思われて見限られるのも分からないでもない。
でも、だからって勝手にいなくなるのは違わないか?
せっかく奮発して買ったイヤホン、気に入らなかったならそう言えばよかったのに。
服とかコスメとかアクセサリーとか分かんないから、自分でも何とか選べそうなもん買ったんだよ。
あんな女、もうどうでも――よくない!
美晴、割といい女だよ。
料理うまいし。肉もっと出してくれたら満点だよ。
もう君のこと「ブス」って言わないから。
君のひいきの声優のこともブサイクとかキモイとか言わないから。
美晴、頼むから帰ってきてくれよ…。
【『素直になりなよ』 了】
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる