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素直になりなよ

肉が食いたい

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 美晴の料理は味は悪くないが、何となく全体的に貧乏くさかった。

 分かりやすく言うと、肉より焼き魚とかを出したがるし、「タンパク質食いたいよ~」ってダダをこねるみたいに言うと、「お豆腐も卵もあるじゃん」と反論してきた。
 納豆なんて死んでも食いたくないから、アレを出したときは、「こんなじゃなくてさ、ちゃんと出せよ!」と怒鳴ったら、二度と食卓には上らなくなった。

 彼女は週の8割以上は俺の部屋で過ごしているから、料理も当然、俺んちのキッチンだ。
 キッチンに関しては、家主の俺より、どこに何があるかを把握しているはずだ。
 そこそこでかい冷凍冷蔵庫もあるし、コンロにはちゃんと魚焼きグリルもある。
 彼女が俺の家のキッチンで不便することは何もないはずなのに、焼き魚や葉物のお浸し、卵焼きみたいな料理をちょいちょい出すのも何となく癇に障る。

 家賃は全部俺持ちで、彼女は俺のところの光熱水費を半分払ってる。
 加えて食費として3万円も出してやっているんだから、もっと「やれる」はずなのになあ。

 肉じゃがの肉はもっと多くてもいいと思ってそう言ったら、人気の料理研究家のレシピでそうなっていたとか、「じゃがいもだって第二の主役なんだから」とか言い訳ばかりだ。俺、正直玉ねぎもじゃがいもにんじも要らない。この味で肉だけって料理でもいいくらいなのに。

◇◇◇

 そりゃまあ文句は山ほどあったが、手際が悪いわけでもなく、味音痴でもない。やればできる女だ。
 結婚を前提に付き合っているわけだし、「君の部屋、もうそろそろ引き払って…本格的に俺んちに来ないか?」と持ち出そうとしたら、彼女がいなくなった。

「なんかもう、いろいろいいです」という手紙だけ残して。

 何だよ、これ。意味わかんないよ。

 彼女はその直前まで、3日ぐらい俺の家に来なかった。
 ちょうど土日祝の3連休だったけど、俺も仕事が片付かなくて相手してやれないから、「そうか」とだけ返事した。

 連休最後の日の、俺が不在の間に手紙を置いていったらしい。

 慌てて彼女に電話したら着信拒否になるし、チャットツールも、SNSのダイレクトメール機能も、全ブロックされていてた。

 住んでいたはずのアパートを訪ねていったら、既に空室になっていた。

◇◇◇

 俺、美晴のことが大好きだ。
 これは過去形じゃない。

 テレビで色っぽい美人女優が酒のCMに出ていたのを見た後、「こういうのはちょっと毒々しくてアレだな。その点お前は本当、ちょうどいいブスだよな」って言っても、「ひどいっ」って言いながら明るく笑っていたっけ。
 本当はその顔がまぶしいくらいに魅力的だったことを伝えたかったけど、「ブス」と言った手前、飲みこんじまった。

 どうでもいいことで結構怒ったりした気がする。
 確かに俺、結構わがままだった。
 あんなじゃ、器の小さいやつって思われて見限られるのも分からないでもない。

 でも、だからって勝手にいなくなるのは違わないか?
 せっかく奮発して買ったイヤホン、気に入らなかったならそう言えばよかったのに。
 服とかコスメとかアクセサリーとか分かんないから、自分でも何とか選べそうなもん買ったんだよ。

 あんな女、もうどうでも――よくない!
 美晴、割といい女だよ。
 料理うまいし。肉もっと出してくれたら満点だよ。
 もう君のこと「ブス」って言わないから。
 君のひいきの声優のこともブサイクとかキモイとか言わないから。

 美晴、頼むから帰ってきてくれよ…。

【『素直になりなよ』 了】
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