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ほれ薬かもしれない
最難関クラス
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中学生の啓は、通っている学習塾で知り合った隣の学校の同学年女子・由梨花に告白される。
実は同じクラスの麻里奈を憎からず思っていた啓だったが、思いがけない告白をきっかけに、由梨花にも惹かれるようになり…。
***
その学習塾は、二つの中学区のちょうど真ん中あたりにあったのと、実績が高いとの評判から、市内のあらゆる中学校から生徒が集まっていた。
定期的にテストがあり、その結果によりクラス分けがされるのだが、2年生の中林啓は、先日のテストで好成績を収めたかいあって、通称「最難関クラス」であるSクラスに入ることができた。
それまでは、上から2番目のA-1クラスで中位から上位といったところが定位置だったので、いちおう成績優秀者と目されてはいたが、Sクラスとなると偏差値70、地域トップ校への合格が現実的になる。
今回ばかりは、いつも財布のひもが固い母も、おかずに色をつけてくれたり、欲しいものはないかと聞いてくるのではないだろうかと想像すると、少し頬が緩んだ。
苦手というわけではないが、啓が5教科の中では唯一なかなか「5」が取れないので苦手意識のある英語を、同じクラスの沢田麻里奈が見てくれた。というより、質問を口実に話しかけたら親切に教えてくれた。
麻里奈はおとなしいが芯が強く、何でも真面目に取り組むタイプだ。そして自分にも他人にも厳しい。
そのせいか、同級生、特に男子の一部には若干苦手意識を持たれたり、「かわいげがない」などと言われていたが、啓はむしろ麻里奈のそんなところが気になっていた。
勉強の質問ついでに雑談してみると、ただの優等生ではなく、意外と引き出しが多くて話題も豊富だということも分かった。
(そうだ。Sクラスに上がったこと、沢田にも教えて――お礼とかもした方がいいかな)
啓には女子が喜びそうなものがよく分からないし、そもそも普通の女子が喜びそうなものは、麻里奈の趣味ではないかもしれない。
それはそれで悩ましいが、もし自分の渡すお礼を気に入ってくれたら、もっと親しくなれるかもしれない――などと、塾の講義中にあれこれ考えてしまったせいか、指名されたことに気づかず、「中林君、聞いてますか?」と注意されてしまった。
せっかく難関クラスに入れたのに、初っ端からこれでは先が思いやられる。
啓は「すみません…」と講師に頭を下げた後、両手で自分の両頬を軽くたたいた。そうした活を入れたつもりだった。
隣の席の岡本由梨花が、その様子を見て控え目にクスクスと笑った。
バカにした感じではなく、「中林君ったら」みたいな、親しみを感じる笑い方だが、啓は講師に注意された時よりも深くうなだれてしまった。
◇◇◇
岡本由梨花は塾ではちょっとした有名人だった。
1年のときから通っているらしいが、成績はずっとトップクラスで、クラス分けが5段階になる2年生になってからは、Sクラスから落ちたことがない。
また、祖父がイギリス人だとのことで、肌色や髪色の色素が薄く、威圧感がない程度にバタくさい顔立ちで、みんなが口をそろえて「キレイな子」と表現した。
性格はおっとりと素直なタイプだったので、異性からも同性からも好かれ、ちょっとしたアイドルといってもよかった。
授業と授業の間の休憩時間、由梨花は啓に「さっきはつい笑っちゃってごめんね。何だかカワイイなって思っちゃって」とわびた。
容姿にそぐわないハスキーで低い声だが、話す様子にどこか品がある。
「え、あ、カワイイ?」
「あ、男の子ってこういうの嫌いなんだっけ?何でもかんでもカワイイって言うな!とか?」
「あ、それはいいけど…俺、別にカワイくはないでしょ」
由梨花と口を聞くのは初めてだったが、意外と親しげというか、若干なれなれしいことに啓は驚いた。だが、悪い気はしない。
「中林君、Sクラス初めてだったよね?」
「うん、何とかね」
「私もこんな席は初めて。この間はちょっと調子悪くて」
Sクラスはテストの成績上位20人が入れるクラスだが、席を見れば20人の中での序列もすぐに分かる並び方になっていた。
成績下位ほど前列、上位ほど後方になる。啓は今回は最前列だったので、Sクラスにはギリギリだったことはすぐ分かったが、A-1からワンランクアップしただけでもうれしかったので、あまり気にしてはいなかった。
「岡本…さんは、いつも後ろの方なんだね」
「そうね。でも、一番前列っていうのも新鮮でいいかなって」
よく考えるとなかなかに嫌味な物言いなのだが、そこは由梨花の人徳というか、悪気は全くないことは十分伝わってきた。
「あ、呼び方“由梨花”でいいよ?最低でもあと2カ月はお隣さんなんだし、仲よくやろうよ」
「え――ああ、うん」
「私は何て呼んだらいい?中林君?啓君?」
「ええと、好きにっていうか…任せるよ」
実は同じクラスの麻里奈を憎からず思っていた啓だったが、思いがけない告白をきっかけに、由梨花にも惹かれるようになり…。
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その学習塾は、二つの中学区のちょうど真ん中あたりにあったのと、実績が高いとの評判から、市内のあらゆる中学校から生徒が集まっていた。
定期的にテストがあり、その結果によりクラス分けがされるのだが、2年生の中林啓は、先日のテストで好成績を収めたかいあって、通称「最難関クラス」であるSクラスに入ることができた。
それまでは、上から2番目のA-1クラスで中位から上位といったところが定位置だったので、いちおう成績優秀者と目されてはいたが、Sクラスとなると偏差値70、地域トップ校への合格が現実的になる。
今回ばかりは、いつも財布のひもが固い母も、おかずに色をつけてくれたり、欲しいものはないかと聞いてくるのではないだろうかと想像すると、少し頬が緩んだ。
苦手というわけではないが、啓が5教科の中では唯一なかなか「5」が取れないので苦手意識のある英語を、同じクラスの沢田麻里奈が見てくれた。というより、質問を口実に話しかけたら親切に教えてくれた。
麻里奈はおとなしいが芯が強く、何でも真面目に取り組むタイプだ。そして自分にも他人にも厳しい。
そのせいか、同級生、特に男子の一部には若干苦手意識を持たれたり、「かわいげがない」などと言われていたが、啓はむしろ麻里奈のそんなところが気になっていた。
勉強の質問ついでに雑談してみると、ただの優等生ではなく、意外と引き出しが多くて話題も豊富だということも分かった。
(そうだ。Sクラスに上がったこと、沢田にも教えて――お礼とかもした方がいいかな)
啓には女子が喜びそうなものがよく分からないし、そもそも普通の女子が喜びそうなものは、麻里奈の趣味ではないかもしれない。
それはそれで悩ましいが、もし自分の渡すお礼を気に入ってくれたら、もっと親しくなれるかもしれない――などと、塾の講義中にあれこれ考えてしまったせいか、指名されたことに気づかず、「中林君、聞いてますか?」と注意されてしまった。
せっかく難関クラスに入れたのに、初っ端からこれでは先が思いやられる。
啓は「すみません…」と講師に頭を下げた後、両手で自分の両頬を軽くたたいた。そうした活を入れたつもりだった。
隣の席の岡本由梨花が、その様子を見て控え目にクスクスと笑った。
バカにした感じではなく、「中林君ったら」みたいな、親しみを感じる笑い方だが、啓は講師に注意された時よりも深くうなだれてしまった。
◇◇◇
岡本由梨花は塾ではちょっとした有名人だった。
1年のときから通っているらしいが、成績はずっとトップクラスで、クラス分けが5段階になる2年生になってからは、Sクラスから落ちたことがない。
また、祖父がイギリス人だとのことで、肌色や髪色の色素が薄く、威圧感がない程度にバタくさい顔立ちで、みんなが口をそろえて「キレイな子」と表現した。
性格はおっとりと素直なタイプだったので、異性からも同性からも好かれ、ちょっとしたアイドルといってもよかった。
授業と授業の間の休憩時間、由梨花は啓に「さっきはつい笑っちゃってごめんね。何だかカワイイなって思っちゃって」とわびた。
容姿にそぐわないハスキーで低い声だが、話す様子にどこか品がある。
「え、あ、カワイイ?」
「あ、男の子ってこういうの嫌いなんだっけ?何でもかんでもカワイイって言うな!とか?」
「あ、それはいいけど…俺、別にカワイくはないでしょ」
由梨花と口を聞くのは初めてだったが、意外と親しげというか、若干なれなれしいことに啓は驚いた。だが、悪い気はしない。
「中林君、Sクラス初めてだったよね?」
「うん、何とかね」
「私もこんな席は初めて。この間はちょっと調子悪くて」
Sクラスはテストの成績上位20人が入れるクラスだが、席を見れば20人の中での序列もすぐに分かる並び方になっていた。
成績下位ほど前列、上位ほど後方になる。啓は今回は最前列だったので、Sクラスにはギリギリだったことはすぐ分かったが、A-1からワンランクアップしただけでもうれしかったので、あまり気にしてはいなかった。
「岡本…さんは、いつも後ろの方なんだね」
「そうね。でも、一番前列っていうのも新鮮でいいかなって」
よく考えるとなかなかに嫌味な物言いなのだが、そこは由梨花の人徳というか、悪気は全くないことは十分伝わってきた。
「あ、呼び方“由梨花”でいいよ?最低でもあと2カ月はお隣さんなんだし、仲よくやろうよ」
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