雑貨店「サラダボウル」

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
4 / 7

普通じゃダメ

しおりを挟む

 コンテナの中のサインペンは同じ色が2、3本ずつ入っているから、大量にあるように見えるが、実際のバリエーションは10色前後だ。
 しかしそれだけあれば、組み合わせ次第でいくらでも個性的なものがつくれる。誰が見てもブタと分かるような仕立てにしてもいいし、絵を描いたり、模様をつけたりしてもいいだろう。

 アイはユズが作業をしているのを見守りながら、年齢制限があるわけじゃないし、私も申し込めばよかったな…などとチラリと思った。
 ミサトに一言いえば、「どうぞどうぞ」と嬉々として籠を持ってくるだろうが、隣にレイコがいる手前、何となく空気を読んで、ギャラリーに徹することにした。

 ユズはもともと絵を描いたり、紙粘土で小物を作って絵付けしたりという作業が得意だった。
 いつだったかつくった「キャベツ」などは、色や葉脈の表現がかなり見事で、アイはそれを優しく指先でつまんで見つめ、「ドールハウスの小物として使えそうだね」と褒めたことがあった。

 一方のイスズは、ユズと同じようにボディ部分を染めるためにピンクを手に取ると、レイコから「ブタだからってピンクじゃなくてもいいんだよ?もっと自由に…」などと、ダメ出しのような言えないアドバイスをされた。
 そこで、「じゃ…」とオレンジに持ち直すと、「水色とかどう?ブタにはあまり使わない色で面白いんじゃない?」と言われ、結局イスズのブタはペールブルーベースになった。
 その後もイスズはレイコの助言を無視したり聞き入れたりしながら、ボチボチと作業を続けたが、レイコの声がけが増えるに従って、イスズの口数は減っていく。
 レイコからは見えていないかもしれないが、アイはイスズの眉間に軽くしわが寄っているのが気になった。

「でーきた!」

 ユズのブタさんは、かなりシンプルだった。
 ボディはピンクで、黒で目鼻が描き込まれ、胸というか腹の部分にチューリップらしき花の絵か描き入れられている。本人曰く、「黄色と迷ったけど、赤の方がぱっと目立っていいかなと思って」とのことだった。
 シンプルではあるが、わかりやすくていい出来だ。

 アイはユズが自分の学習机の飾り棚のようなスペースにそれを置くのを想像したが、(親バカの)カズオミに見つかったら、「ユズ、才能あるよ!もっとこういうの作って、いっぱい並べよう!」などといって、飾り用のケースを買ってきそうな気がする。

「ユズちゃん早いね…」
「描きたいの描いただけだから。イズちゃん(とクラスでは呼ばれている)のはすっごいカラフルだね」
「う…ん…」

 色数は確かに多いが、そこには迷走のようなものが見られた。コンテナの中にある色を、全部使ったのかもしれない。

「なんか、何がしたいんだか、だんだん分かんなくなっちゃって…」

 “イズちゃん”が困っている様子なのを見兼ねて、ユズが「じゃさ…」と口を出しかけたとき、レイコが「ユズちゃんは口を出さないで!イスズは自由な発想でやっているんだから!」となかなかの剣幕で言い、わずかにいた店の買い物客も含め、全員一瞬動きを止めたほどだった。

「あ――すみません。大きい声を出して」

 +++

 アイがカズオミと結婚前、人に気を遣うあまりに気を病みかけた話は前述したが、そもそもアイは昔から人よりも整った容姿だった上、何でもそつなくこなす少女だった。

 高校までの家庭科知識の応用で、自分や家族の洋服きるものは難なく作ってしまうし、料理も菓子づくりも飲み物のアレンジも趣味がよく、結果、少し個性的で女子力の高い大人になった。
 アイとしては、自分の好きなことをのんきにこなしていただけなのだが、「アイちゃんのお菓子おいしい」「店で売ってないような服着られてうらやましい~」だけで済まなくなったのは、社会に出てからだった。

 そういったスキルや感覚の全てが「男に媚びている」と否定的に言われ、自分の意中の男がアイに興味を示しただけで、「私の男を寝取った」などと言いがかりをつける女もいた(これは学生時代から多少あった)。

 そこでアイは「自分」を抑えるようになったが、たまたま少し先輩だったカズオミが、縮こまっていたアイに「空気の無効化」を提案し、何をしても良く言われないなら、いっそ好きなことをやって陰口をたたかれ方がましという意識改革を果たした。

 +++

 レイコは幼い頃から、周りから一目置かれる人間になりたいと思っていたが、センスや能力が追いつかないし、個性的なファッションに挑戦しても、典型的な「服に着られている」タイプになる。
 後に夫となる男性とは高校時代からの付き合いだが、彼はレイコの「ほっとさせる雰囲気」に惹かれていたので、その迷走ぶりを心配しつつ、見守ってきた。
 結婚後も、既製服を無難に着こなし、普通にカレーを作り、朝はドリップパックのコーヒーを淹れてくれる妻に十分満足していたが、レイコ自身が「私がしたいのはこんなんじゃない!」と思っていた。

 イスズが生まれると、1歳からできるいろいろな習い事をさせてみたが、あまり身が入っているように見えず、大体途中でやめさせた。
 イスズだけでなく、子供というのはそんなものだが、レイコにしてみると、「この子にはこの子だけの光るものがあるはずだ」と必死だった。

 お絵描きしているときは、「別に当たり前の色で塗らなくてもいいのよ」「緑色のチョウとか、ママは見たことないけど、見てみたいなあ」と言って、個性的な色使いの絵を描かせようとしたが、そういう色彩感覚というのは、大抵幼稚園や小学校の図画工作で「矯正」される。
 教師というより周りの子たちに「そんな変なネコ見たことないよ」などと言われ、周囲と同じような絵を描くようになるものだ。

 それを「常識にかんじがらめ」ととるか、「そういう意見もある」と考えるかが分かれ道かもしれない。
 ユズも、「そんなネコいねーよ」タイプにいろいろ言われたことはあったものの、その日の気分で無難な茶トラやハチワレも描くし、鮮やかなブルーのペルシャ猫も描き続けた。
 ネコにダメ出しされた話を家ですると、アイは、「変だって思うのは思う人の自由。それを「ほっとけ」って思うのはユズちゃんの自由だよ。好きにやればいいよ」とだけ言った。

 +++

 ユズとイスズが同じ学校に入学し、小2で同じクラスになって、そこそこ仲よしになって、2人の母も縁あってPTAで顔を合わせるが、アイのようになりたかったレイコと、レイコのことを「イスズちゃんのお母さん」としか見ていないアイの間に、温度差が生じるのは仕方のないことだった。

「普通のじゃダメなのよ…これだってアートなんだから…個性的で自由でなきゃ…」

 無意識にこぼれたような、自分に言い聞かせるようなレイコの言葉を聞き逃さなかったアイは、こう提案した。

「そうだ、青田さん、親子授業の案って何か考えました?」
「え…まだだけど」

 思いもよらぬ声がけをされ、レイコが冷静になった――というか、素に戻った感じの返答をした。

「ちょっと思いついたことがあるんですけど、イスズちゃんの絵付けが終わったら、お茶でも飲みながら話しませんか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

アマテラスの力を継ぐ者【第一記】

モンキー書房
ファンタジー
 小学六年生の五瀬稲穂《いつせいなほ》は運動会の日、不審者がグラウンドへ侵入したことをきっかけに、自分に秘められた力を覚醒してしまった。そして、自分が天照大神《あまてらすおおみかみ》の子孫であることを宣告される。  保食神《うけもちのかみ》の化身(?)である、親友の受持彩《うけもちあや》や、素戔嗚尊《すさのおのみこと》の子孫(?)である御饌津神龍《みけつかみりゅう》とともに、妖怪・怪物たちが巻き起こす事件に関わっていく。  修学旅行当日、突如として現れる座敷童子たちに神隠しされ、宮城県ではとんでもない事件に巻き込まれる……  今後、全国各地を巡っていく予定です。  ☆感想、指摘、批評、批判、大歓迎です。(※誹謗、中傷の類いはご勘弁ください)。  ☆作中に登場した文章は、間違っていることも多々あるかと思います。古文に限らず現代文も。

龍青学園GCSA

楓和
青春
学園都市の中にある学校の一つ、龍青学園。ここの中等部に、先生や生徒からの様々な依頼に対し、お金以外の報酬で請け負うお助け集団「GCSA」があった。 他学校とのスポーツ対決、謎の集団が絡む陰謀、大人の事情と子どもの事情…GCSAのリーダー「竜沢神侍」を中心に巻き起こる、ドタバタ青春ラブコメ爽快スポ根ストーリー。 ※龍青学園GCSA 各話のちょっとした話しを書いた短編集「龍青学園GCSA -ぷち-」も宜しくお願い致します。

多様性は虹じゃない!

あがつま ゆい
大衆娯楽
昨今の思想に染まっているのか、後輩の企画はやたらと多様性を重視している。今日は会議でひと騒動があった。 800字でコンパクトにまとまっています。

処理中です...