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雑貨店「サラダボウル」
しおりを挟む帰り道、母親同伴であることで気が大きくなったユズは、アイに「このお店に寄ってみない?」と提案した。
そこは小さな店舗で、「アジア雑貨 salad bowl」というポップでカラフルな看板が掲げられていた。
「いつの間にこんなお店ができてたんだろ」
「夏休み前にはなかったよ。プール開放のときも見なかった。だから2学期の少し前だと思う」
「そっか、道理で」
スーパーやクリーニング店の新装オープンとは違い、新聞折り込みやポスティング広告をあまり出さなそうな店舗である。
学校と住んでいるエリアとの間に大きなバイパス道路があり、ユズたちの登校班は、その地下道をくぐって登校しているのだ。
距離はそう遠くないものの、微妙な分断感があって、アイにとって生活圏とは言いづらいところだ。意識して通らなければ、店舗の存在すら知らなかったかもしれない。
+++
もともとあった古い店舗付き住宅の建物をそのまま使っているらしく、今時珍しいサッシではない引き戸だ。40手前のアイにとっても「懐かしい」という感想すら湧かない。さらに一時代前のものである。
アイがぐっと力を込めて開いて中に入ると、インド更紗の鮮やかな服を着た、ごく和風の顔立ちの50歳くらいの女性と、若くはつらつとした雰囲気でTシャツにパンツ、緑色のエプロンという女性が2人を出迎えた。
「ごめんなさいねー、その戸、そのうち何とかしますから」
アイが戸を開けるのに難儀していたのを見ていたようで、インド更紗の女性がにっこり笑って言った。
店内には白檀の香りが漂い、ガムランのような音楽が流れていて、バッチャン焼きの食器の横で、K-POPスターのブロマイドが売れていた。
上には「コカ・コーラ」と漢字(中国語?)で書かれた真っ赤なTシャツ、下にはビーズやスパンコールをあしらった美しいサンダルがある。多分ベトナムあたりのものだろう。
壁際には、店主と思しき女性がまとっているようなインド更紗の洋服やアオザイ、チャイナドレスなど。
多彩というべきか、雑多というべきか、アジア系のものなら何でも扱っていそうである。
というよりも、民族的であれば何でもいいのか、よく見ると南米のエケコ人形やマテ茶の茶器、さらにはヨーロッパのディアンドルのような服を着た人形まであるし、洋服の中にはアロハシャツやムームーらしきものも見える。
商品の手書きポップには、どの国のものか、どの国で買い付けてきたものかを示すため、お子様ランチに立てる旗のような大きさの国旗が添えられていた。
+++
あまり客が来ない店のようで、アイとユズはどうやら大歓迎されたらしく、積極的にいろいろと手の内を明かしてくれた。
店内の2人の関係は「母娘」ということだ。ご主人が大の海外旅行好きで、好奇心と思いつきで買ってきた土産物を売るため、この店を開いたとのことだ。
突っ込みどころは大分あるものの、何か新しいものが発見できそうな、宝探しをするような楽しさがあり、ユズは目を輝かせてあれこれと物色した。
アイはアイで、さまざまな生地やボタンに興味津々だった。日本各地の庶民的な織布なども置いてある。
「そのお洋服ってお手製ですか?」
娘さんの方がアイに質問した。
「あ、はい。一応」
一応どころか、下着と靴以外は手作り品だった。
胸元にクロスステッチの入った生成りのワンピースで、ついさっきのミーティングでも、
「最近見た映画でそういう服出てきた!なんだっけな?」
「随分オシャレなの見てんじゃん」
「オシャレはオシャレなんだけど、何だっけ、ホラーのやつ…」
「わかった!『ミッドサマー』だ」
「それそれ!」
と、盛り上げネタを提供したばかりだった。
アイも少し前、ユズが寝た後にカズオミと2人で見た映画だが、アイの中には花と洋服のラブリーさだけが漉しとられるように残り、カズオミ1人で「俺もっと単純なスプラッターの方がいい。あれは精神的にキツい」と震えていた。
「娘さんの服もでしょう?超かわいいですね」
「どうも…ありがとうございます」
いくらいじられ慣れているアイでも、やはり褒められれば悪い気はしないものだ。
「私は布とかボタンとか大好きで、親父とは別枠で買い付けに行くんです。主にチェコとかイギリスとかフランスとか、ヨーロッパ方面ですけど」
「あ、なるほど…」
この店の多国籍感というか無国籍感の理由がなんとなくわかった気がした。
旦那様は特定の国にこだわりはなく、ここの店主である奥様がアジア雑貨好きのようだ。
いろいろなものが好き勝手にこの狭い空間に集まっている。
なるほど、言い得て妙な「サラダボウル」なのだ。
+++
その日、カズオミが入浴後の10時頃、食事を兼ねた晩酌をしていると、ユズが「パパ、学校の近くにあるお店、すっごく面白いんだよ!」と興奮気味に話した。
「なんだユズ、随分夜更かしだな。明日大丈夫か?」
「まだ10時じゃん。お話終わったらすぐ寝るから」
そしてユズは、思いつくままに「サラダボウル」の話を始め、カズオミも興味を示した。ぜひ自分も行ってみたいと思ったが、
「しかし、そういう住宅街の小さい店じゃ駐車場なんかないよなあ…」
「子供の足でも15分よ?大した距離じゃないわ」
「そうだな、たまには…な」
営業時間は短いが、土日も開いているらしい。
しかもユズとアイは既にその週の土曜日に行く計画を立てているという。
「これやるの!」
「絵付け?」
ユズがカズオミに渡したチラシには、週末のイベント案内が書かれていた。
東南アジアで作られた木彫りの動物に、サインペンなどを使って絵付けをするらしい。
特に塗り方に決まりがあるわけではなく、自由にやらせてくれるようで、材料費と場所代で500円とのこと。
「へええ、ユズは絵がうまいから、こういうのは面白そうだな」
「そうなの。楽しみでさー」
「そうか。パパは土曜は休出だから、またの機会だな」
「そっか。頑張って稼いできてね!」
カズオミはおっとりした性格だが、物は率直に言う方だ。
決してユズたちに調子を合わせたわけではなく、「サラダボウル」に興味を示したことは間違いない。
「あまりで大挙してこられるのも困るが、全く誰も来ないのも寂しい」という店主とその娘の本音は、ユズに向けた「仲のいいお友達も誘ってみてね。空きがあれば当日でも大丈夫だから」の一言に込められていた。
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